第4話 私と貴方と②
「いらっしゃいませ。1名様ですか?」
現れたのは、私と同じくらいの可愛らしい青年の姿だった。おそらくアルバイトだろう。
前髪は7対3の比率で分けており、褐色肌が見ていて心地良い。目も子犬のようにキュルキュルと輝かせていて、なんだか応援したくなる可愛さがある気がする。
私は『そうです。』と言って、1人用の席に案内された。
私以外お客さんが1人もいない。あまり繁盛していないのだろうか。でも、今はまだ11時だし、これからもしれない。
青年がお冷を持ってくると、私は思い出したかのように口を開く。
「あっ…あの、私――。」
彼はお冷を置きながら、『ん?』という表情で目を大きく見開く。その目が、可愛くて、あまりに綺麗な瞳をしていたもんだから、思わず声が小さくなる。
「…探している人がいるんです…。ここのお店の人と手紙のやりとりをしていて…。」
私の言葉に、彼は更に瞳が大きくなる。今度はすこし笑みも浮かべていた。
「…もしかして、あなたが都会に住む女子高校生…?」
「え…あ…はい…。」
「え、ええええ!?!? 嘘!? ほんと!?本当に!?」
その瞬間、彼が私の目の前でウサギのようにぴょんぴょん跳ねた。高くて可愛い声が、年季の入ったお店に鳴り響く。
まさかこんな反応をするとは思わなくって、私はこくんと頷くしかなかった。
彼は話を続ける。
「本当に来てくれたの!? 嬉しい…会いに来てくれたんだね。」
この言い方だと、彼があの田舎に住む男子高校生なのだろうか。
すると、今度は大きくスキップをして、彼はキッチンの方へ行ってしまった。
微かに声が聞こえる。
「兄ちゃん兄ちゃん! 女の子、来てくれたよ! ボトルメールの女の子!」
『兄ちゃん』?
しばらくして、もう1人の青年が、私の目の前に現れた。
目が合って、私はさっきの青年とも目を合わせる。
思わず唖然としてしまった。
2人はコピーかのように顔がそっくりだったから。
あとから来た彼のほうは、身体が硬直しており、手で口を押さえている。
よく見ると、髪の分け方が逆だ。あとから来た『兄ちゃん』は、髪型を3対7の比率で分けている。
「えっと…2人は…双子??」
「そそ!オレが弟の翔月で、こっちが兄の陽樹! 」
「ああ。俺達2人で、君とやり取りしていたんだ。」
「ええええええ!?!?」
私が叫んだ声が、木でできたお店中を響かせる。そのオーバーリアクションに、弟の翔月くんが『やっぱり、驚くよね〜』とくすくす笑った。
「それで…君は?」
兄の陽樹くんが、私の顔をずっと覗き込む。お兄ちゃんだからか、弟の翔月くんよりもどこか大人びいている気がする。
可愛らしい二重瞼とどこから漂う色気に、私は思わずドキッとする。
「私は、七海 雛子。」
そう言うと、最初に翔月くんが顔を近づけて、ニコニコ微笑んだ。
「へぇ〜!! ひなこちゃんって言うんだ!可愛い名前だね!」
「可愛いって言うより、綺麗だろ。」
「え〜そうかな?」
「そうだ。」
双子の2人のやりとりに、思わずくすっと笑ってしまう。今日がはじめましてなはずなのに、はじめましてじゃないみたい。
こんな不思議な感覚、なんだか癖になりそうだ。
双子と知らなかったから、たくさんの矛盾点がある。
まず、最初にメッセージをくれたのは、どっちなんだろうか。
どういう目的で書いていたのか。
いつから相手が変わったのだろうか。
私が来たため、急遽お店は休みにしたそう。そんなことできるかとも思ったが、翔月くんが『ひなこちゃんは特別なお客さんだからね!』といって、何故か貸切になってしまった。
※ ※ ※
カウンター席で待っていると、兄の陽樹くんがキッチンから出てきて、お店の新作メニュー持ってきてくれた。
お昼ご飯はフェリーで済ませていたため、食べるのはデザート。まさか、振る舞ってくれるとは思わなかったので、もっとお腹を空かせておけば、とも思った。
「お待たせいたしました。」
彼の色気ある声が、耳元で響いて、またもやドキッとする。
私は、『ありがとう。』とお礼をいい、机の上に置かれたメニューを、子供のように眺めた。
見た目は、普通のソフトクリーム? に見えるけど…
すると、彼がボトルを持ってきて静かに上下に振った。
黄色のようなオレンジのような可愛らしい色をしたボトル。よく見ると、ラベルには、『小豆島産 オリーブオイル』と書かれている。
ということは、ソフトクリームにオリーブオイルをかけるの!?
初めてのメニューで、私は思わず口をぽかんと空けてしまう。
果たして、美味しいのだろうか。普通、ソフトクリームはフルーツ味が一般的だが、油を垂らすなんて初めて聞いた。
その様子に、弟の翔月くんはくすくす笑う。
「オレらの店はね、お客さんの目の前でオリーブオイルをかけるんだよ。量もカスタマイズできるから。これは兄ちゃんが考えたメニューなんだ!」
「量はいかがなさいますか?」
陽樹くんは、私をお客様のように丁寧に聞いてくる。
「え?…じゃ、じゃあ、多め? で。」
「かしこまりました。」
すると、彼はソフトクリームに、ゆっくりとオリーブオイルを垂らす。1度にたくさんはでず、ゆっくり、ゆっくり垂らしていく。円を描くように絡まれたアイスは、なんだか垢抜けたようにも見えた。
「あ……ありがとう…ございます。」
見た目は黄金に輝く星のように美しくなった。しかし、本当に、本当においしいのだろうか。
「どうぞ召し上がれ。」
その言葉に、ゆっくりとアイスを口に入れる。
陽樹くんも翔月くんも、私の反応に一点集中しているようだった。食べ方を気にしないとと、少し緊張をする。
口に入れた瞬間――
「ん!! おいしい!!」
思わず、笑顔になる。先ほどの心配が嘘かのように、オリーブオイルとアイスクリームとの相性がバッチリだったからだ。
甘いバニラ味にオイルを垂らすことで、全体の味が丁度良く中和されて、さっぱりした味になる。また、青々しいオイルの香りが、返って後味をさっぱりさせてくるのだ。
こんな暑い夏にはピッタリの味と香り。むさ苦しい季節にも、一瞬で生き返る。
彼らも私を見て、笑顔で微笑んでいた。
※ ※ ※
食事を終えた後、私の両隣に、2人が座ってじっと見つめている。
そして、今度は陽樹くんが口を開いた。
「雛子は、俺らが2人いるってこと気づいてた?」
「まさか。全く気づかなかったよ。今でも信じられないくらい。」
そう言うと、翔月くんがニヤニヤ笑って、陽樹くんを冷やかすように話す。
「オレもびっくりだよぉ。だって、最初ひなこちゃんに送ったのはオレなのに、兄ちゃんってば、勝手に返事を書いて海に流しちゃったんだもん〜。」
「結果論かもしれないけど、私、少しだけおかしいなって思ったことがあるの。」
「「おかしい?」」
2人の言葉に、私は、彼らにもらった今までの手紙を、机のうえに広げる。
「ほら見て。字はよく似てるけど、陽樹くんは『俺』って書くけど、翔月くんは『オレ』って書いてある。」
「え!! ホントだ! 全然気づかなかった。」
「他にも書き方がちょっとずつ違うから、変だなって思ってた。」
「……俺たちは、やっぱり2人で1つじゃないのかもな。」
陽樹くんの言葉に、私は首を傾げたが、彼はそっぽを向く。きっと、彼らなりの事情があるのだろう。
※ ※ ※
「ねえ、ひなこちゃんはさ、彼氏とかいるの?」
夕日が少し傾いて、空の色がオレンジから淡い紫へと変わり始める。
店にいるだけじゃつまらないと彼らがそう言ったので、小豆島の海を歩くことにした。
「いないいない! できたこともないし。」
「じゃあオレ、立候補しちゃおっかな〜。」
「ええ!?」
その言葉に、波打ち際で跳ねた水しぶきみたいに、心臓がどきっと跳ねた。
翔月くんは、やっぱり思ったことをすぐ口をしちゃうタイプ。確かに言われて見れば、弟らしさがにじみ出ているような気がする。
恋愛経験がないから、つい、こういう軽い言葉もいちいち本気に捉えてしまう。
夕日に照らされた彼の茶色の髪の毛が光って、綺麗だった。
都会にはこんな素敵な人、いるだろうか。
そう思い込んでしまうから、彼はまるで儚い月のようだった。
「ぶっちゃけこうやって会ってさ、オレ、結構タイプだなって思っちゃった。」
彼が私の元へさらに近づき、耳元で囁く。
「可愛いよ。ひなこちゃん。」
まっすぐすぎる言葉に、視線の置き場がわからなくなる。夕焼けのせいだけじゃない熱が、頬に広がっていく。
「翔月。初対面の女性に言うセリフじゃないだろ。だいたい、お前は色々と飛ばしすぎなんだよ。雛子。今度は鎌倉のほうを案内してほしい。俺、遊びに行くから。」
今度は私たちの背後から、落ち着いた声なのに、どこか逃がさないような響きが混じっていた。
「兄ちゃ〜ん。抜け駆けだ。」
「ウルサイ。遊びに行きたいからそう言ってるだけだ。」
「お店はどうするの。」
「翔月に任せる。」
「えーーーー!!! オレもひなこちゃんと遊びたいんだけどー。」
騒がしいやり取りに、思わず笑ってしまう。
この空気が、ずっと続けばいいのに。なんて。つい、そう思ってしまった。
※ ※ ※
最初から日帰りの予定だったので、時間はあっという間にフェリーの時間になってしまった。
会話が途切れ、緩やかに靡いている小豆島の海を、私はただ見つめていた。
「じゃあ…私もう行くね。」
「気をつけて帰れよ。」
「ありがとう。陽樹くん。」
「絶対、絶対会いに行くからね!あ、ちょっとそこで待ってて!!」
「翔月くん?」
彼がそう言ったあと、遠くの浜辺へと全速力でダッシュ。速すぎて、ついていく気力もなかった。
ビーチサンダルの足跡をぼーっと見つめる。すると、優しく肩をとんとん、と叩かれた。
「連絡先、交換しない?」
陽樹くんの声。
「うん! じゃあ、翔月くんと3人のグループを―――」
すると、彼が私の手を優しく握る。
「だめ。俺だけと、交換してほしい。」
近距離で、目が合って。
彼の凛々しい瞳がすぐそばにあった。
翔月くんとは違って、どこかおとなびいていて、私が年上なはずなのに自然とドキドキしてしまう。
「ひなこちゃーーーーん!!!」
陽樹くんと交換し終わると、今度は翔月くんが遠くから手に何かを持って、私の元へ駆け寄る。
そして、彼の大きな手から小さな貝殻が見えた。砂を取ってくれたのだろうか。まるで、お土産屋さんに売っているような、美しい貝殻だった。
「わぁ――! 綺麗―――。」
「ひなこちゃんにあげる。」
「え!? いいの!?」
「うん!! 来てくれたお礼。これ見て、オレだけ、思い出してね。」
「あっ、ありがとう…。大事にするね。」
「うん! LINE交換しよ!」
思わずドキリとする。
私は、黙って陽樹くんの方を見つめる。
「聞こえてたのかよ。」
「うん。見てた。抜け駆けはさせないから。」
2人はなぜ私とのグループLINEを作らないのだろうか。個人個人でやるより、スムーズと思うのに。
でも、なんでかはあえて聞かなかった。
「じゃあ、私行くね。もう乗り過ごしちゃう。」
「わかった。俺、また、連絡するから。」
私は彼らに背を向け、フェリーに乗り込もうとする。
夕方の海と燃え上がる太陽が幻想的で美しい。鎌倉とは違って、人も少ないし、好きなだけ海を独り占めできる。
ただ、波の音だけが静かに響いていた。
本当は帰りたくない。ずっと、陽樹くんと翔月くんと一緒にいたい。
初対面で、こんなことを思ってしまうのは、いけないことなのだろうか。
すると――
右手を、ぐいっと引かれる。
「えっ――なにっ――」
振り返る間もなく、体が引き寄せられる。
同時に、反対側からも腕を掴まれて、逃げ場をなくした。
心臓が、うるさいくらいに鳴っている。
右の頬に、やわらかい感触が触れた。
ふわりと、触れるだけの軽いキス。
けれど、触れた場所からじんわりと熱が広がっていく。
「待っ――――!」
驚いて顔を上げた、その瞬間。
今度は、反対側。
さっきより、ほんの少しだけ長いキス。
離れるのを惜しむみたいに、ゆっくりと触れて、静かに離れていく。
息が止まる。
「ふふ。びっくりした?」
耳元で、少し弾んだ声。
「今の、オレの気持ちだよ。」
振り向くと、翔月くんがいつもの無邪気な笑顔で、でも少しだけ照れたように笑っていた。
「次は、もっとずっと一緒にいようね。」
その言葉が、波みたいに胸の奥に広がる。
「……全然足りねえよ。」
今度は低い声。
視線を向けると、陽樹くんがまっすぐこっちを見ていた。
「今度は、今日よりもっと、雛子のそばにいたいって言ったら、どうする?」
「えっ、えええええ!?」
顔が一気に熱くなって、何も考えられない。
小豆島の海が、静かに揺れている。
まるで、全部見透かしているみたいに。
※ ※ ※
私の海に、突如として現れた太陽と月。
ちょっぴり怖いけど、誰より責任感があって男らしい陽樹くん。
マイペースだけど、実は努力家で可愛らしい翔月くん。
私は、この2つの惑星に溺れてしまうのだろうか。
あの日。たった1つのボトルメールから、私の海は波うち始めて、ゆらゆらと揺れているのだ。
私の恋の海の行方は、どこへ向かうんだろう。
わからない。
だからこそ、このままずっと波の流れに沿って、身を任せてみよう。
そうやって、少しずつ進んでいけばいいんだ。
右の頬と、左の頬に残る、ふたつのぬくもり。
まだ消えないまま、私はゆっくりとフェリーへと足を進めた。
振り返ると、夕焼けの中で2人が並んで立っている。
ひとりは、眩しいくらいの光みたいに笑っていて。
もうひとりは、静かに、でも確かに私を見つめていた。
こんなにも違うのに、どちらも同じくらい、心を揺らしてくる。
波の音が、さっきよりも少しだけ大きく聞こえて。
私は夕焼けに溶けていく小豆島を、いつまでも見つめていた。




