最終話 キミと手を繋ぎたい。
夕方。海に浮かぶ夕日は、非常に幻想的で、まるで絵本の世界にいるような気分だった。
心臓が、しつこいくらいにうるさく鳴り響いている。頭に血がのぼって、どうにかなりそうだった。
まだ、何も起きていないのに、もう目頭が熱くなって、また泣きたくなっていく。
砂浜を歩く音。波の音。穏やかな風。燃え上がる夕日。
その情景1つ1つが、今の私をさらに緊張させていく。
中余島に、1人の男性が近づいてくる。
見間違えるわけがない。
私が、ずっと会いたかった人だから。
目を合わせて、彼は、静かに呟いた。
「雛子………。」
数ヶ月ぶりの、陽樹くんの声。
その色気ある声に、私は、今すぐにでも抱きつきたいくらいだった。
声が震える。
「どうして……。」
彼は、小さなショルダーバックしか持っていなかった。一体、何をいたのだろうか。真相は分からない。
「俺は、ここの場所が落ち着くから。雛子は?」
「この時間になったら、道ができるって知って、それで…」
「……そうか。」
無言の時間が流れる。
目も合わせられない。彼のその姿を、ずっと待ちわびいていたのに。いざ目の前にされると、どうしたらいいのかわからず、おかしくなっていく。
頭の中がずっとパニックで、今にも倒れそうだ。
いや、落ち着こう。聞きたいことを1つ1つ、彼に聞こう。しっかり、向き合おう。
私は、その空気を壊すように口を開く。
「……ねえ、陽樹くん。」
最初は優しく聞くつもりだった。
なのに―――
「どうして、連絡返さなかったの!? 私が送ったLINE、全部無視したでしょ!」
ついつい言い方が荒くなってしまう。今までの不安や寂しさが思いに溜まって、そのまま爆発してしまったのだろう。
こんなに、異性に対して強く言ったのは、生まれて初めてだったと思う。
感情が高ぶって、また胸が痛くなっていく。
私の感情とは裏腹に、彼は冷静に呟く。
「……ごめん。」
「修学旅行の日からそう! 私のこと避けてた!? 今日のことだって、翔月くんから聞いたよ!? 私が来るのわかってて、店に来なかったって。」
「……翔月と付き合ってるなら、2人にさせてやりたいだろ。」
彼は予想外の言葉を放った。私はその言葉に、口をぽかんと開け、その場でフリーズする。
誰から翔月くんと私が付き合ってるなんて聞いたんだろう。共通の知り合いは居ないはず。
でも、そのおかげで、私も、やっと冷静になれた気がした。
「 付き合ってないけど……」
「…は?」
彼もまたフリーズする。やっぱり、どこかで勘違いをしていたようだ。いつすれ違ったかは分からないけど、お互い気付かずに今日までやり過ごしていたのだろう。
「断ったよ。翔月くんとはそういうんじゃないから。」
「そっか……そうなのか。俺、てっきり……」
「2人が付き合ったなら、距離置こうと思って、意識的にやってた……」
「まじで何やってんだ……俺。」
「…悪かった。俺の誤解で、雛子を傷つけてしまった。」
必死に謝る彼に、私はなぜか安堵し、笑みを浮かべる。
「ほんと。私、嫌われたかと思ったよ。」
「嫌いになれるわけ、ないだろ。」
すると、急に彼の雰囲気がガラッと変わる。
さっきよりも真剣な表情。私を見つめるその瞳が真っ直ぐで、綺麗で、どんどん魅了されていくようだった。
もう、前みたいには、戻れない。
「ボトルメールでやりとりするようになって、俺の気持ちはどんどん大きくなっていった。」
「手紙が来るたびに嬉しくて、初めて、俺らしくいられると思えた。」
「もっと知りたくなっていった。」
「だけど、これは、翔月から始まったから縁だから。俺は身を引くべきだと思ったんだ。」
「雛子は、ずっと翔月の方を見ていたし。」
『そんなことないよ。』そう思ったけど、私はぐっと堪えた。
彼の今の気持ちを、ありのまま、ちゃんと聞こうと思ったから。
「弟が幸せになっててくれれば、兄としてこれ以上幸せなことは、何もねぇよ。」
「だけど、そう思うたび辛かったんだ。何かやってねえと思い出して、気分が下がって。」
「今だってそう。俺ずっと、苦しいんだ。雛子のことを想うたび……」
彼の顔が真っ赤だ。こんな顔、初めてみた。いつもは冷静な彼なのに、その意外な一面に、さらにドキドキさせられてしまう。
やだな。私、さっきからずっと陽樹くんにドキドキさせられてるよ。
私だって、ずっと苦しいよ。苦しかったよ。今も、ずっと。
側にいるのに、陽樹くんのことを想うたびに、どんどん苦しくなっていくの。
「だから、素直になろうと思う。このエンジェルロードで、再び出会えたから。」
「翔月がどうとか、双子だからどうとか……もう、そんなのどうだっていい。」
「………ありのままの俺を見てくれる人に、出会ったから。」
「散々傷つけてごめん。避けるような真似してごめん。」
「でも、もう、そんなこと、絶対2度とさせない。約束するよ。」
「雛子。」
名前を呼ばれて、また、心臓が跳ねる。
「好きだ。」
その3文字が、私をまた混乱させていく。まさか、両思いだったということに、驚きが隠せなかった。
彼の瞳。海風に揺れるさらさらな髪の毛。私より一回り大きい、その身体。
私は、彼ともっと進んでいきたい。迷いもせず、そう思えた。
これからは、2人でずっと―――
私は、彼の前に手を差し伸ばす。
「雛子……?」
「これが私の答え。」
その手は震えていた。彼が手を取ってくれるまでは。
本当は、気持ちを言いたい。好きって、私も大好きだよ。って、だけど、まだ高校3年生の私にとっては、それを口にするのは恥ずかしくて、どうにかなってしまいそうだった。
気持ちを口に出すことは、思っている以上に、難しいことだと痛感させられる。
そして、優しく、彼の目をみて、言葉を放った。
「私と、この道を歩いてください。」
陽樹くんの地元の有名観光地・エンジェルロード。
1日に2回に道ができるこの魔法の通りは、大切な人と手をつなぐと、願いが叶うと言われている場所。
私が、今思う『願い』は、
大好きな陽樹くんと、これからもずっと一緒にいられること。
それを、このエンジェルロードで約束しようと、そういう意味で言った。
私の誘いに、彼は大人の笑みを浮かべる。
「もちろん。」
彼の手を取り、私たちは帰り道を歩いた。
行きの時とは違う、私にとってはときめき溢れるこの時間。
隣には、大好きな彼が隣を歩いていて。
この手をずっと離したくない。そう思ってしまう程に、私の感情は高鳴っていった。
※ ※ ※
帰りの時間はあっという間。私たちは天使の散歩道を渡り終えた。
もちろん、手はまだ繫いだまま。
歩きながら、私はなにか物珍しいものを見つけた。道のようなものが続いている。
「みて!なにかあそこに通り道がある!この先に何かあるの?」
「あー。約束の丘展望台だな。階段を登ると鐘がある。」
「行ってみたい! 行こう!」
彼らクスッと笑いながら、静かにエスコートをする。どこかぎこちないけど、私のためにリードしてくれている、その健気さが、愛おしかった。
階段を登り終えると、先ほど私たちが渡ったエンジェルロードが上から見え、先ほどとは違う良さがあった。
「あ!そうだ!キーホルダー!!」
私は、思い出したかのように声をあげる。袋から『おりーぶしまちゃん』と書かれたキーホルダーを手に取る。
「これ…俺に?」
「うん。フェリーの売店で買ってきたの。このキャラクター知ってる?」
私はもう1つのキーホルダーも手に取る。このピンクのキャラクターは、ミモザのりくちゃんだ。
「ああ。これは、おりーぶしまちゃんのガールフレンドだな。」
即座に答えたから、私、思わずわらっちゃった。
「さすが、詳しいね!」
「地元民なら当然のことだろ。」
彼は少し照れくさそうに苦笑する。
そして、静かに、呟いた。
「ありがとな。絶対、大事にする。」
「ふふ。私とペアキーホルダーだね。」
そして、私たちはお互いのキーホルダーを見つめ合って、笑い合った。
しまちゃんとりくちゃんが笑い合っているように、ずっと―――。
そして、鐘をよく見ると、『恋人の聖地』と彫られていた。
『恋人』か。
私たち、恋人になれたんだよね。
なんだか、実感が全然わからないや。
まさか、陽樹くんと、両思いだったんだなんて。
ドキドキしちゃって、ついチラッと彼の方を見てしまう。私と同じ気持ちだったな、なんて、そう思うの。
目が合って、彼は目を丸くする。
「どうかしたか?」
「ううん! なんでもない! あ、鐘、鳴らしてみようよ!」
「………ああ。」
私たちは手を重ね、その鐘を揺らした。
カーン、カーン…と音がなる。
まるで、2人の幸せを祝福するような、そんな鐘の音に聞こえた。
陽樹くんとの恋の物語は、まだまだ続いていく。ここからがスタート。そんな気がした。
夕暮れの空へ、澄んだ鐘の音が響いていく。
オレンジ色に染まった海。 エンジェルロード。 穏やかな春の風。
まるで夢の中みたいだった。
鳴らしながら、私は彼の顔を見つめる。
「ねえ! 綺麗な鐘の音だね――」
そう言いかけた瞬間。
彼との顔が近づく。至近距離で、何が起きているのか、理解が追いつかなくて。
ドキン、とまた心臓が跳ねる。
年下の彼に、私は混乱させられてばかりだ。
鐘を引っ張る手は、繋がったまま。
そして、そのまま―――
私たちは、唇を重ねた。
初めて会ったときは、陽樹くんと翔月くんが私の頬にキスをしていた。
だけど、今は違う。
陽樹くんとの、初めてのキス。
その事実がなんだか嬉しくて、この時間が止まってほしいとさえ、思ってしまう。
鐘の音が、夕暮れの海へ溶けていく。
1日に2度だけ現れる、奇跡の道。
夕暮れの風が、そっと私たちの間を通り抜けた。
繋いだ手は、もう2度と離れない。
あの日、海へ流したボトルメールは―――
いつしか、私を、大好きな人のもとへ連れてきてくれたんだ。




