第29話 オレの恋
ひなこちゃんを送り出して、オレ・翔月は、パタリ、とお店のドアを閉めた。
それと同時に、力がスッと抜けてしまい、その場で座り込んでしまった。
心に穴が空いたような感覚。
なにも考えられなかった。
オレ、ひなこちゃんといたとき、いつもの笑顔で笑えていたかな。
少し泣きそうになったの、見られてないかな。
告白の返事を言われるとき、なんとなく、断られるんじゃないかって思ってしまった。彼女の空気からそう察せたのだろうか。
申し訳なさそうに、ずっと辛そうに話していて、オレまでもっと苦しくなっていった。
初めてボトルメールを流した日のことを、多分、オレは一生忘れられないだろう。
田舎での生活が窮屈で、咄嗟に思いついたアイディアで、現実的なことも何も気にせず行動したこと。あの時は、とにかく誰かと繋がりたい一心だった。
それで、ひなこちゃんと繋がって、何度もボトルメールでやり取りをしたよね。
初めて都会の人の暮らしが知れて、同世代と繋がれて、他愛の話をたくさんして、すごく楽しかったな。
『この手紙を見た人へ、
はじめまして。
これを見たということは、どこかの海へ流れ着いたってことですよね!
あなたのことを教えてください。
知らない世界を知りたいんです。
お返事、待ってます。
田舎の男子高校生より』
初めて送ったメールの内容も、ずっと覚えている。彼女から来た返事は、今も机のなかに大事にしまってある。
『あなたのことを知りたいんです。』
ひなこちゃんのことを、もっと、もっと知っていきたかった。
もちろん、今だってある程度は知ってるけど、これからは、オレだけに見せる顔とか、弱みとか、そういうのも全部見せてほしかった。
彼女が帰る時に、咄嗟に呼び止めたのは、髪の毛にゴミがついてたわけじゃない。
嘘をついた。
『オレ、まだ諦めたくないよ。』
『叶わないのは、わかってる。だけどさ、まだ、好きでもいてもいいかな?』
言いたいことなんて、たくさん、たくさんあった。
簡単に諦められるわけ、ないよ。
だって、ずっと好きなんだもん。顔も名前も知らないときから、ひなこちゃんのことが気になってたんだよ。
いつだって、兄ちゃんより先に行動して、まっすぐに想いを伝えてきたよ。
彼女との思い出は、誰よりもある自信がある。
本当は、3人でいるときも、2人でいるときの方が何倍も、何百倍も嬉しくて、側にいるだけで、それだけで幸せだったよ。
初めてだった。こんな気持ちになるのは。
彼女は、自分の顔に自信がないっていうけど、オレにとっては、自慢してもいいくらい、可愛く見えた。
少し不安そうな姿も、全部、全部見せてほしいよ。
オレのほうが年下だけど、絶対守ってみせるよ。怖い思いなんて、させないよ。
『ねえ………今日、陽樹くんは??』
店に来て、彼女がそうオレに言ってきて。
ひなこちゃんは、無意識に兄ちゃんのことを気にしてるって思った。
そりゃ、オレの顔とかそっくりだから思い出すのかもしれないけど、それとは違う気がした。自然と。
本当は、兄ちゃんがどこにいるか、知っていた。
あの日から、オレと兄ちゃんは冷戦状態だ。話すには話すけど、必要最低限のことしか話さない。店のこととか、家のこととか。本当にそれだけだ。
喧嘩をすると、彼は、エンジェルロードに向かう。
彼にとっては、頭を冷やすために、そこへ向かうのだと思う。干潮の時間に合わせて、そこへ行って、いつか道がなくなるから誰かが来ないように、そうやって、1人の世界を作るんだ。いつも。
だから、きっと今も、そこで頭を冷やしている。
でも、ひなこちゃんには言えなかった。兄ちゃんがエンジェルロードにいるかもしれないって。
それを話したら、きっと彼女はすぐさま向かうから。
有名観光地だから、確実にそこには行くと思う。でも、行かせたくなかった。そしたら、兄ちゃんとひなこちゃんが再会して、なにか発展したら―――。
オレは酷い人間だ。
うまくいってほしくないから、わざと言わなかった。言おうとも思わなかった。
オレを、オレだけを見てほしかったから。
ねえ、ひなこちゃん。
オレ、駄目なところなんて、全部直すよ。
ひなこちゃんのためなら、理想の男になってみせるよ。
オレじゃ、なんでだめなの?
もしかして、ひなこちゃんが見てたのは、最初から兄ちゃんだったのかな。
ひなこちゃんがオレに思う、『大好き』を、オレがひなこちゃんに思う『大好き』の意味に変えてみせるよ。
…………変えてみせたいよ………。
でも、あの目をみたら、そんなことできなかった。
覚悟が決まっていて、揺るがない心を持っていたから。
思い描いていた理想のシチュエーションが、すべてガラスのように壊れていく。
付き合ったらこうしたいとか、ああしたいとか、勝手に自分で考えて、準備して、一体何をしていたんだろう。
何を根拠に、結ばれると思ったんだろう。
胸が痛くて、今にも破裂しそうだ。
涙が浮かんできて、視界が少しずつぼやけていく。そして、涙は、静かに地面に落ちた。
そのあとは、信じられない嗚咽と涙を流した。
感情が、抑えられなかった。止まらなかった。
いつものオレの笑顔は、どこへ行ったんだろう。
目頭が熱い。心が苦しい。まともに話せない。呼吸さえも、辛い。
叶うなら、オレが、ひなこちゃん幸せにしたかったよ―――。




