第25話 私の未来
2月。1年の中で1番寒い月が、今年もやってきた。
空気も乾燥しており、室内も暖房をつけていないと、肌が痛くてどうにかなりそうだ。
今日は、入試本番。1月の共通テストでは、英語のリーディングが難化したため、全体的にいい点数が取れなかった。そのため、共通テスト利用は使わずに、2次試験のみで合格を勝ち取るという作戦に変更した。
玄関で靴を履いていると、母親が心配そうに声をかける。
「雛子ぉ。最後、頑張るのよ。」
そして、今日。本命の大学の受験日だ。これまで、私が受けた大学は、中堅下位大学〜準上位大学まで、幅広く受けた。浪人はしたくなかったので、必ず受かるような滑り止め大学も受験したのである。
有難いことに、中堅下位大学には合格を貰っている。だが、まだ、準上位大学には、1個も合格を貰っていない。泣いている暇はないので、『不合格』を今度は『合格』に変えてみせるつもりで、今日まで死ぬ気で勉強をしてきた。
私は母親と目を合わせ、笑顔で背を向けた。
「ありがとう。お母さん。私、やりきってくるね。」
「まって……雛子。」
行くのを止められ、目を丸くする。
「今日は寒いから……これを持っていきなさい。」
母親が取り出したのは、先ほど開封したばかりのカイロだった。1つではなく、3つほどあった。
受け取ると、それは既に温かくて。家族のぬくもりのようなものを感じた。
「わぁ…ありがとう。」
「終わったら連絡するのよ。」
私は、また笑顔で頷く。そして、玄関の扉を空けた。
私は家族の前では、泣かないし、弱音を吐かない人間だから、きっと、心配をされているのだと思う。
でも、本当は、今にも泣きそうだった。
※ ※ ※
受験会場まで、電車で40分ほど。
最後まで復習は欠かせない。直前に確認した問題が出ることなんて、ざらだからだ。
電車に揺られながら、ボロボロに破れた単語帳を眺める。
この単語帳とも、今日で終わりか。
そう思うと、なんだか感慨深いものがある。たくさんのカラフルな付箋や、間違えた場所の印。あれだけ覚えるのも苦労したのに、今では、スラスラ単語の意味もわかるようになっている。
携帯のバイブ音がなり、私はバッグから取り出した。
もちろん、翔月くんから。
『ひなこちゃん!! 受験頑張ってね!!! 小豆島で待ってるよ!!』
相変わらず、元気な文体。彼はいつでも明るくて無邪気だから、それだけで緊張がほぐれる。
終われば、また、彼らに会える――。
その事実を思い出して、今日の受験を絶対に成功させようと誓った。
そして、トーク履歴をスクロールする。
私は、また陽樹くんとのトーク画面をタップする。
私が送った、修学旅行でのお礼から、ずっと返事が来ていない。もちろん既読もついていないし、音沙汰もなかった。どうして、返事が来ないのかも、ずっと分からずじまいだ。
翔月くんにも、陽樹くんのことを聞いておいたけど、本当に伝わっているのかも怪しい。
もしかして、なにかあったのかな。でも、なにかあったら、翔月くんがきっと教えてくれるはずだし。
嫌いになっちゃったのかな。
考えるのも今は時間の無駄だと思って、単語帳を取り出す。
取り出して、もう1度バッグの中を覗き込んだ。
『小豆島キャラクター おりーぶしまちゃん』と書かれた、タオル。
このキャラクターが、癖になる可愛さがあって、持ってきちゃった。お守りみたいで、つい。
気になって、おりーぶしまちゃんのことを少し調べた。
『小豆島を明るく、元気にする王子』なんだって。
きっと、彼からの連絡が来なくても、今日も、地元・小豆島で、お店を頑張っている。
なんだか、これを見ると、陽樹くんが側にいて、応援してくれている気がするんだ。
私のメッセージに既読すらつけない人なのに、こうやって考えちゃうの、自分でも変だと思う。
でも、頭から離れなかった。
あの日。彼らの修学旅行の日。私にくれたこのタオル。
『ねえ、洗って返すよ―――。』
『いいから。黙ってもらっとけ。』
この会話の流れが、ずっと、ずっと頭から離れずにいた。あれからメッセージでも話せていないから、近況も分からないし、彼がなにを思っているのかも、全然わからない。
陽樹くん、今、何してるのかな――。
私はね、ずっと会いたいよ。会いたくて、たまらないよ。
こんな気持ちになっているの、私だけなのかな。
※ ※ ※
降りる駅がアナウンスされ、私は電車を後にする。
いよいよ、私の大学受験、最終日です――。




