第23話 私と受験
12月。私たち高校3年生は、現在、大学入試シーズンの真っ最中だ。
陽樹くんと翔月くんとは、1ヶ月前の修学旅行以来、会っていない。翔月くんとは、少しメッセージでやり取りはしているけど、私が受験のため、挨拶程度くらい。陽樹くんに関しては、私が送ったメッセージで会話が終わっている。
大学入学共通テストまで、残り1ヶ月を切った。そのため、私は、最近学校の近くの予備校にずっと引きこもっている。
「では、今日はここまでとする。わからない問題があれば、その都度聞くように。」
予備校教師の言葉に、生徒たちはそそくさに席をあとにする。
空気が冷たくなって、そろそろかという雰囲気を漂わせる。夏までは、気温のせいで受験生という実感がなかったが、今ではまわりの雰囲気もガラッと変わる。
誰1人友達と雑談することなく、その硬い表情のまま、素早く帰っていく。
その様子を私は、ぼーっと見つめては、ぐっと伸びをした。
ずっと座りっぱなしだったからなのか、腰が痛い。まだ10代なのにこの調子じゃ、先が心配である。
そろそろ、私も帰ろう。家に帰って、また過去問演習しなきゃ。
どこへいっても、勉強のことが頭から離れない。仕方ないことなのは分かっていたが、気分はずっと下がりっぱなしだった。
※ ※ ※
予備校を出ると、雪が降っていた。手を伸ばすと、ひんやりとした氷の塊が落ちてくる。関東地方は、冬でもめったに雪が降らない。たまに降ると、テレビでその話題で持ちきりだ。最近は勉強ばかりで、テレビを見る暇なんてないが、つけたらきっと大騒ぎしているだろう。
私は静かに傘を差して、七里ヶ浜駅へと歩く。吐く息が白くなった。
「…………雛子。」
ワイヤレスイヤホンを耳にはめようとしていると、背後から女性の声が聞こえた。
振り返って、表情を変える。
「澄空!!! どうして??」
「………どうしてもなにも……、私も、ここの塾よ………」
「え? でも、いつも授業にいないような……。」
「私………個別。」
「あっ、なるほど。」
私が通っている予備校は、個別コースと集団コースの2つがある。私は集団コースだったため、時間的にピッタリ会うことがなかったのだろう。
お互い、塾が閉まるその時間まで、追い込んでいたということである。
彼女は、長い黒髪を邪魔そうしながら口を開く。
「途中まで……帰りましょう…」
「うん!もちろん!」
※ ※ ※
七里ヶ浜駅まで、彼女と方向は一緒だ。1歩1歩、雪の感触を噛み締めるように歩く。
左手に見える鎌倉の海も、この天気と時間じゃ、はっきり見えない。ただ、波の音が聞こえてくるだけだから、すこし不気味さを感じる。
「………共通テスト、もうすぐね。」
目も合わせずに、澄空は私にそう呟く。
「年明けたらすぐだよね。私は、私立志望だから、いい点取れたらいいなってぐらいだけど、澄空は国立志望だったよね? 教科も多いし、大変だ。」
「……そうね。マークミスだけ気をつけないといけないわ………。」
「はぁ、なんか今から緊張してきた。お腹が痛い。」
澄空は全く緊張しないタイプ。私は、メンタルがブレやすく、すぐ体調に表れやすい。定期テストでさえも、気分が悪くなるのに、彼女は、相変わらずのすまし顔だから、すごく羨ましかった。
そっと、自分のお腹を押さえる。空腹の痛みか、ストレスの痛みなのかはわからない。
「まだ始まってすらないわよ……。お互い、無理せずって言ったところかしら………。」
七里ヶ浜駅の改札を通り、ホームで江ノ電が来るのを待つ。
今日、雪はどれぐらい積もるのだろうか。聞いた話だと、3センチは積もるらしい。都会の私にとって、それだけでも楽しみだった。
「そういえば、雛子。あれから連絡取ってないの?」
澄空はいつだって、急に話題を変えてくる。もう、何も戸惑うこともなくなった。
この話題は、陽樹くんと翔月くんのことを指してるから。
「うーん、あんまりかな。」
「……そう。まあ、雛子が受験なの知ってるから、気を使ってるんじゃない。」
「……返事は、受験終わってから?」
「かなぁ。」
彼女には、お台場に会った日の出来事すべてを話した。まあ、別に言わなくても、彼女の占いでお見通しだったんだろうけど。
寒さのせいだろうか、彼女は『くしゅん』とくしゃみをする。幼い女の子のような可愛らしいくしゃみで、少し口角が歪んだ。
「それでいいと思うわ。…で、もう決まってるの?」
「まぁ…。」
「そう。案外決断が早いのね。」
あの日。翔月くんにホテルのロビーで告白されたこと。
本当は、あの日からずっと返事は決まってた。
だけど、私には受験という人生の一大イベントがあるため、会うわけにもいかないのである。私にとって、恋は、ニの次三の次だと思っているから。
それを彼に伝えたら、『ありがとう! 』と返信が来た。『今度はオレが鎌倉に遊びに行くよ。初めて会った時、約束したし。』と言っていたが、まだ小豆島を観光しきれてないので、『鎌倉はその次に私が案内しようかな!』と返信しておいた。
彼のためにも、受験は後悔のないようにやらないと、私は覚悟を決めている。
「まだ半年も関わってないのに、なんだか不思議だよね。私にとっては、3年くらい一緒にいた気がするよ。」
「……それは言い過ぎじゃないかしら。」
澄空は苦笑する。
「それくらい、私にとっては濃い出来事だってってことだよ。」
「……受験が終われば、もう、卒業。4月には大学生だなんて、考えられないわ……」
彼女の言葉に、私はどこか遠くの一点を、意味もなく見つめていた。
「そっか。もう、卒業か……。」
「澄空は、どんな3年間だった?」
「いろんな人間の占いができて、なかなか、充実してたわね……」
「なにそれ。澄空らしいといえば、澄空らしいというか。」
「…フフ。半分冗談。」
澄空の視線を感じ、私はそれにならって彼女を見つめた。
長い前髪が少しだけで雪で濡れている。そして、ゆっくりと片耳をかけて、私の手を握った。
その様子に、思わず目を丸くした。
「私、雛子と友達になれて、本当に…良かったと…思ってるわ…。前はあんまり人間と群れることが、好きじゃなかったんだけどね……」
「あなたを見ていると、自然と…私も笑顔になれた……。側にいるだけで、楽しいし、何より、落ち着くわ……。」
「澄空……。」
私も、一緒の気持ちだった。
それまではずっと学校で1人でいるのが当たり前で、友達とワイワイ喋ってるクラスメイトが目障りだった。
だけど、澄空が話しかけてくれて、それから、お弁当を一緒に食べて、移動教室も一緒に行って、放課後のカフェにも行った。
いつの日か、早起きの学校もつらくなくなったし、楽しいことも、辛いことも2人で共有して、分かち合えることができた。
「卒業しても……友達でいてくれる?」
澄空のその言葉に、目頭がジーンと熱くなる。
そして、思わず彼女を抱きしめた。
勉強で追い込まれているせいか、最近は涙脆くなっている気がする。
「もちろん!! もちろんだよ!!! ずーっと友達でいようね。 大好き。」
「うん………ちょっと重たい。」
「あ…ごめん。」
やっぱり、彼女はいつだって冷静だ。そっと腕を離す。
私たちは、江ノ電が来るまで、ずっと笑い合っていた。




