第21話 私の気持ち
翔月くんの提案で、私は、ホテルの温泉だけ、利用することになった。
考えてみれば、東京の温泉なんて行ったことがなかったかもしれない。家族旅行では、東北の方にいったり、関東で利用するとしたら近くの銭湯くらいしかなかった。
フロントで、バスタオルとミニタオルを受け取り、大浴場へ向かう。
廊下は、老若男女の人でにごわっていた。
観葉植物や、オレンジ色に照らされる明かりが少しだけ色っぽい。
1人でホテルを利用したこともなかったから、ちょっとだけ大人の気分。
※ ※ ※
湯船に浸かり、ホッと一息。
今浸かっている温泉名は、『魔法の美肌湯』。炭酸カルシウムを含むアルカリ性で、古い角質や毛穴汚れを落としてくれるんだとか。
ほのかに藤の香りがした。花畑に囲まれたような気分なり、心も落ち着く。
私は、ゆっくりと自分の頬を撫でる。
まだ、感触が残っている。
翔月くんの手。大きくて、ゴツゴツしてて男らしい形。彼の匂いも、ちゃんと覚えてる。石鹸のような、優しくて穏やかな香り。
『好きだよ。オレと付き合ってほしい。』
頭の中で、ずっとその台詞と声が、脳内再生されている。
まさか、告白されると思っていなかったというのが、今の感想。
嬉しかった。初めての経験だったから。誰かに想われて、愛されて、想いを伝えるということ、その全てが。
翔月くんと話すと、喋るとすごく楽しくて、時間を忘れるくらい幸せな気持ちになれる。
これが、恋をしてるって言うことなのだろうか。
これ以上、彼のことを考えすぎると、のぼせそうなので、脱衣場へ向かった。
※ ※ ※
髪を拭いて、カゴの中にあるバスタオルを目にする。
そういえば、このタオル、陽樹くんにいつ返そうかな。
もう私は、受験勉強にフル稼動するから、春まで会えない。推薦ではなく、一般で受験することに決めたからだ。
陽樹くん。
あの時、私の元へ駆けつけてきたのは、彼だと思ってしまった。それはなんでなんだろう。
責任感が強くて、年下なのに、どこか大人っぽいからなのかな。
そして、そのタオルの裏には、緑のキャラクターが刺繍されていた。
丸く、愛らしい生き物。よく見ると、下に『小豆島キャラクター ・おりーぶしまちゃん』と書いてあった。
陽樹くんってこういうタオル使うんだ。なんだか、想像つかなくて、思わず笑っちゃった。
それと同時に、少しだけ切なくなる。
翔月くんと私に向けた、あの背中。彼の背中は広いはずなのに、なんだか寂しそうで、悲しそうだった。
私が声をかけても、手を振るだけで、振り向いてくれなかった。
何か、気に障ることをしちゃったかな。
全然、わからないよ。
※ ※ ※
私は、暖簾をどかし、ロビーへとむかう。
廊下から見てる景色を見つめると、既に、雨はやんでいるようだった。一時的だったのだろうか。帰りは傘を買わなくて済んだから、少しだけ安心した。
歩いていると、知っている姿を目にした。考えるより、身体が先に動く。
「陽樹くん!!」
私が彼の腕を引っばると、黙って振り返る。これから入浴のようだった。
「……私、そろそろいくね。今日、会えて、よかった。また、小豆島遊びに行くからね。」
「……そうか。」
そう言うと、これ以上何も言わずに、背を向けてしまった。
さっきと同じ。背中は広いのに、どこか狭い。1人で抱え込んでいるような、寂しい背中。
※ ※ ※
今日は、陽樹くんにも、翔月くんにも会えて、結果的に楽しい1日だった。確かに、いろいろあったけど、誤解も解けたし、お土産も渡して、東京へ来て良かったと、心から思えた。
はずなのに―――。
雨も止んでいるのに、心は晴れない。ずっと、何かが引っかかっているような、そんな気分。
どうしたらいいのか、自分でもよくわからなくて。
私は、ひとまず今日彼らが泊まるホテルを後にし、駅へと向かう。
駅へ向かう道は、行きよりも静かだった。
足音だけが、鳴り響いて。
信号が青に変わったのに、私はずっと立ち止まったままだった。
想定外の自分の気持ちに、自分が1番驚いている。
もう、とっくに引き返せない所まで来ている。
だって、あの日、小豆島で初めて出会った日から、心を揺さぶられてしまったから。
次は、きっと、私が答えを出す番なんだ。




