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【完結】キミと手を繋ぎたい。オリーブの香る島で。  作者: 咲山けんたろー
第3章 必ず会いに行く。恋の修学旅行編。
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第20話 オレの人魚姫


 午後19時20分。


 オレ・翔月(かづき)は、ようやくホテルのロビーに着いた。


 隣には、担任教師が立っている。




 こんなはずじゃ、なかった。




 ロビーは、柔らかいカーペットに、洋風なソファーや机がある。明かりはオレンジ色に光っていて、高級感を感じさせた。




 皆の夕食は、19時から。時間には過ぎている。だが、しょうがないことだった。




 オレは、自分のスマホをきつく握りしめる。




 約束を―――破ってしまった。





 ひなこちゃんと、会う約束をしたのに。




 忙しい中、会いに来てくれたのに。




 オレは、静かに前へ進む。教員もそれにならって、隣で歩く。





「波原。何がともあれ、見つかってよかったな。ご親切な人がいるもんだ。」




 


 署でしばらく待っていると、老夫婦が訪れ、オレの携帯を届けてくれたのだ。どうやら、昼ご飯の場所のテーブルに置きっぱなしにしていたらしい。




 てっきり落としたとばかり思っていたから、そこまで頭が回らなかった。





 先生はオレの肩をポン、と叩いた。




 確かに、安心はした。痛く苦しいトゲは1本1本、静かに外れていくような開放感があったから。




 でも、本当の痛みはまだ取れていなかった。




 最後のトゲが、必死に抜こうとしても、胸に張り付いている。約束を破ったという、オレの罪は一生消えることがないと思った。




 ロビーを見渡すと、見知った後ろ姿が2人見えた。




 1人はオレとそっくりな、兄ちゃん。ずっと背中で追ってきたから、間違えるはずがない。





 そして、もう1人は――







「ひなこちゃん!!!!!」







 見つけた。





 オレはその場で叫ぶ。その声が、ロビー内で鳴り響く。





「おい。波原。もうちょっと静かにしろ。一般の方にご迷惑だろう。」




 先生にはそう言われたけど、もうそんなこと、今は何も考えられなかった。




 無視するように、彼女の元へと走っていく。





「翔月くん……?」





 そして、彼女もまた、その場で立ち上がった。





 可愛らしいおかっぱの髪が、今は少し湿っている。水分を大きく含んでおり、その滴が肩にかけてあるタオルに触れる。




 それだけじゃない。身体全体湿っているようだった。服は今にも下着が透けそうだ。





 ああ――。




 オレのせいで、彼女はこんな姿になってしまったんだ―――。






 人魚姫は、オレとの約束を信じ続けて、ずっと待っていてくれたんだね―――。






 隣に兄ちゃんがいることも、どうだってよかった。むしろ、今この瞬間、オレとひなこちゃんだけの世界に色づいたかのように、周りなんて見えなくなってしまった。






 強く、そして、優しく彼女を包んだ。






「翔月くん!?」





 彼女の久しぶりの声に、オレは声が震える。





「ごめん……!! ごめんね……ひなこちゃん……。携帯失くしちゃってそれで、それで………。」









「いいの…。いいんだよ。それより……」





 そして、彼女は、オレの顔を優しく見つめる。




 目が赤くなっていた。きっと、待っていたあの時間が、彼女を切なく、痛くさせていたのだろう。






「私はね……翔月くんが無事で、こうやって会えたことが、何よりも幸せなんだよ。」






「だから、そんなに自分を責めないでね。仕方のないことなんだから。ね?」




 その言葉に、目頭が熱くなっていく。





 





 好きだよ。







 ひなこちゃんのことが、どうしようもなく、愛おしい。






 キミは、なんでそんなに優しいの?




 なんで可愛いの?






 もっと知りたい。ひなこちゃんの良いところも、悪いところ全部。





オレだけに、教えてよ。






「無事、解決してよかった。じゃ、俺はもう行くから。雛子。気をつけて帰れよ。」




 自分のなかで彼女への思いが募っていると、隣にいた兄ちゃんが、横から会話に参加する。




「あっ…陽樹(はるき)くん……!!」




 彼女がそう言うと、兄ちゃんは手を振りながら、夕食会場へ行ってしまった。




「波原。お前も早く夕食来いよ。入浴の時間は伸ばせないからな。」




 奥村先生もそういって、彼と同じ方向へ向かった。






※ ※ ※



 ひなこちゃんと2人きりになった。周りにも、あまり人がいない。時間と、天気のせいだろう。




 まだ雨は降り続けている。入り口から微かにシトシトと雨音が聞こえてくる。




 オレは静かに口を開いた。




「ねえ、ひなこちゃん。」




「ん?」




「風邪引いたらまずいし、お風呂だけでもここで入っていけば? オレ、お金払うよ。」




「でも………。」




 お金を貰うのを渋る彼女に、オレはその手を取り、優しく、ギュッと握る。




「遠慮しなくていいからね。オレの責任でもあるし。それに、いつもお店で稼いでるから、心配しないで!」




 彼女は、ペコリとお辞儀をした。その反応に、ホッとする。




 少し、笑みが混ざっていて、その表情がまた可愛らしかった。






「あっ…そうだ!! お土産!!」




 思い出したかのように、彼女はバックから大きな紙袋を取り出す。そこには、ローマ字で『KAMAKURA』と書いてあった。






「これ、オレに!? いいの!?」




 好奇心に負けて、ついにその中身を確認する。




 大仏の顔をしたたい焼きのような生地。それも1個だけじゃなくて、5個ほど入っていた。中身は全部違う味なのだろうか。




「ふふ。この前、貝殻貰ったから、そのお礼。」




「どれもうまそうで、今から食べたいくらいだよー!! 夕飯の前に食べちゃおうかな。」




「それはだめ! ちゃんと夜のご飯は食べないと。これは、お部屋でゆっくり食べてね?」




「ちぇ。わかったよー! てかホント、まじでありがとう! 絶対すぐ食べるから。そしたら、また絶対に連絡するね!!」






 オレはポロっと本音をこぼす。






「貝殻なんてちっぽけだったな、もっといいものにしておけば…」




 すると、その言葉を遮るように、彼女は言葉を放った。




「そんなことない。」




「あの貝殻、気に入ってるよ。可愛くて、部屋で見るたび、うっとりするの。ああ。これ、翔月くんから貰ったんだなって、思い出すよ。」






 ふいに、目が合う。





 目の赤みは、少し引いているようだった。




 メイクが取れてきているように見えて、目が少し黒い。なんだか、パンダみたいで愛おしく見えた。









「……やばい。オレ今、すげぇドキドキしてる。」









「ほら。」






 彼女の手を取り、オレの胸に手を当てる。





「ほ…本当だね……。」





 女の子の柔らかく、温かい手の温度。オレのうるさい鼓動を、そっと優しく包むようだった。










「そのまま、オレの方見てて。」











 彼女と目が合わない。ずっと視線が泳いでいて、動揺している。




 その健気さに、思わずクスッと笑ってしまう。







 あの日、キミと初めて出会った日の続きを、今ここで―――。







「ひなこちゃん。耳貸してほしい。誰かに聞こえちゃ、まずいから。」






 そして、返事を聞くこともなく、ぐいっと彼女の腕を引っ張った。






 オレだけを、見てほしいから。






 それは、前も、そして今も、変わらない。






 キミをもっと知っていくたびに、どんどん好きが溢れてきて、もっと独占したくなるんだ。





 髪に隠れていた小さな耳。それは小動物みたいで、思わず食べたくなる気分にさせた。




 そして、彼女だけに聞こえる声で、できるだけ小さな声で、優しく囁く。








「好きだよ。 オレと、付き合ってほしい。」








 そして、耳から離れて、話を続ける。




「返事は、いつでもいいから。受験もあるだろうし、オレ何ヶ月でも、何年でも待てるからね。」





 ひなこちゃんは、時間が止まったかのように、身体が硬直していた。ピクリともしない。




 この時間がなんだか焦れったくなって、思わずこの場から逃げたくなっていく。




 オレたちの時間が、終わったかのように、ロビーの時計の秒針が聞こえてくる。







「それじゃあ!! 帰り、気をつけて!!!」





 そして、逃げるようにその場を立ち去った。




 早まる鼓動を、手で押さえながら。

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