第11話 私の進路
昨日は、あまり眠れなかった。
学校が始まって、早起きが億劫になっているのかもしれないけれど、多分それではないことを、私は確信していた。
『本気だから。俺。』
深夜の陽樹くんの言葉。
澄空の予言は、本当だった。本当に、夜に着信がきた。
その的中度もびっくりだし、昨日の陽樹くんの言葉も驚いた。
4限目は、数学の授業。これが終わればお弁当だから、もう少しの辛抱だ。
黒板と教科書とを交互に視線を移しては、時々昨日のことを思い出す。
正直、彼から連絡が来るとは思わなかった。小豆島で会ってから、連絡はほとんど来なかったし、あの日のキスのことも、弟の翔月くんがしていたから、成り行きでしていたのかもと勝手に思っていた。
陽樹くんは、翔月くんに比べて声が低い。双子でも、声は全く違うのはまた面白いところだ。
だからなのか、通話越しに聞こえる色気のある声で、無意識にドキドキしてしまった。
あの時、なんて返せば正解だったのだろうか。黙っていたら、通話が切れちゃったし。次話しかけるのもなんだか気まずいし、恥ずかしい。
私は意味もなく、ペン回しをして、時々窓に映る海を見つめていた。
今日もいい天気。雲一つない快晴で、空気もカラッとしている。
遠くからでもわかる。今日はいい波が来ている。サーフィンができたら、学校を抜け出してやりたいぐらいだ。
陽樹くんや翔月は、サーフィンとかやるのかな……。
「じゃあ、今日は26日だから、26番の七海さん。」
名字が呼ばれて、思わず現実に戻る。
数学の穂積先生。女の先生で、年齢は30半ばだろうか。赤いメガネが印象的で、良くも悪くも個性がない人である。しかし、他の先生よりも遥かに当てる人で、分からなくても分かるまで詰めてくる。そのため、私はあんまり好きではない。
よりによって、今日の日付が自分の出席番号の日。いつもは目立ちたくないから念入りに準備をするけれど、最近色んなことが、あり得ないスピードで起きたから、今日の授業はさっぱりだった。
指名されたものは仕方がない。私はその場で立ち上がる。
「はい。じゃあ、ここの問題、解いてみて。」
指差された場所を見ると、『C = |1 - √5)| + |- 2 + √(5)| + 3』という数式。Cを求めよという問題である。
入試範囲の数学は全て終わったので、今は復習の授業である。そのため、普通に考えればわかるはずだ。しかし、咄嗟の判断力にかけている私は、何一つ頭に浮かばなかった。
周りの生徒達は、なんで答えないのかと時々チラチラと視線が来る。それが余計に焦らせ、頭を真っ白にさせた。
私が何もできずに固まっていると、先生はため息をつく。
「あー…座って。チャイム鳴るから先生がやります。で、まず、ここは絶対値がついていてーー……」
そして、また何事もなかったように時が流れる。
よく聞いていると、入試の基礎になるような基本の解き方で、冷や汗が流れる。
まずい。受験生なのに、基礎の土台が何一つできていない。
浮ついた気持ちと現実との交錯で、私は、複雑な感情の間に閉じ込められていた。
※ ※ ※
昼休み。クラスメイトたちは、食堂へ行ったり、大人数でお弁当を食べたりと、さまざまである。
当たり前に私は、1人過ごすつもりだ。バックの中のお弁当を取り出し、ランチョンマットを開く。
すると、私の前の席の椅子から音がして、誰かが座った。
「…………浮かない顔をしてるわね。」
目が合ってドキリとする。尋常ではない近さで、澄空が私の顔を覗き込んできたからだ。
彼女の突然の登場は、いつだってびっくりするが、なんとなくこの気配に慣れてきた。
そして、当たり前かのように彼女もお弁当の蓋を明け、手を合わせていた。
「…………雛子の前の席の人、今日休みよね。」
「うん。そうだけど…」
「そう………それなら借りるね。」
もしかして、これって、私とお昼ご飯一緒に食べるってことだよね?
直接誘わない、澄空の不器用らしさが滲み出ていて、思わず笑みがこぼれてしまう。
そして、私も彼女にならってご飯を口に運ぶ。
「それで……………着信はきたの。」
突然の彼らの話で、喉奥に食べ物が詰まりそうになった。
心を落ち着かせ、ゆっくりを唾液で飲み込む。
そして、静かにこくん、と頷く。
「やっぱり。……LINEきてた方? きてないほう?」
「……来てないほう。」
「そう…………やるわね。あの人も。」
彼女は、陽樹くんたちと知り合いだけではないのに、まるで昔知っているかのように、頷いている。
「………次はいつ会うの。」
「2人は遠くに離れてる人だから、今度は私の地元を案内をしてあげたいんだけど、私が受験生じゃん? だから、入試終わったあとなのかなとか思ったり…。」
「そうね……。あなた、今日の問題解けてなかったものね。」
「う。」
今自分が一番気にしていることを、彼女に直接言われたので、心のダメージを食らう。
そう。いつまでもこんな浮ついてられないのだ。
「…だけど、こんな青春も一度きりだと……思う……。そんな一度に2人に狙われるなんて、なかなかないものよ………。」
「狙われるなんて、そんな…。でも自分の将来も大事だから、どうしたらいいか、分からない。」
「……雛子。行きたい大学は決まってるの? 推薦で行くの? 一般で行くの? 何系を学ぶの?」
「とりあえず文系に行こうと思ってる。でも、どんなことを学びたいかは、まだわからなくて…」
「推薦とかなら、学校の勉強を頑張れば冬には安心して鎌倉で会えるよね……。まあ、雛子が自分で決めればいいと思うけど。」
進路か。
もうそんな時期。というか、私のスタートダッシュが遅すぎるだけなのかもだけど。
陽樹くんと翔月くんは、きっとご両親のお店を継ぐんだろうな。
彼らも、彼らなりの悩みがあるのはわかっているけど、既に進路が決まってるのはちょっとだけ羨ましかったり。
次、2人に会うのは、鎌倉へ来た時。
その時は、もう進路も決まっていて、それで、私の行方も答えにたどり着くんだろうか―――。
私が2人に出す、恋の答えを―――。




