第 20 話 進化する時
高尾がギルドで料理教室の講習クエストを眺めて、ここで教われば失敗せずに作れるのだろうか…と考えている時だった。
「うわぁ!エンジェリック・ラビットっす!本物初めて見たっす!触って良いっすか!?」
「ぴゅいー!」
甲高い声を上げてプレイヤーが駆け寄って来たので、エンジェリック・ラビットのエルが高尾の肩の上で第一級警戒態勢になって威嚇していた。
「…この反応を見て触ろうとするのならば、相応の報いを受けることになるだろう」
「ぴゅっぴゅい!ぴゅい!ぴゅい!」
「…嫌われた…!」
嫌われた事は理解できたそうだ。
がっくりと膝をついて見事なOrzを披露しているが、エルの警戒は解けない。
ウサギに大声を上げて突進するとこうなるのだ。たぶん。
「ところで『っす』『っす』とうるさ…語尾が独特だったが、男の娘という奴か?」
「女の子だと思うよ」
「じ、自分、女っす!」
Orzから立ち上がったプレイヤーが主張して来た。
ベリーショートにボーイッシュな服装の冒険者なので、あんまり女の子という雰囲気ではなかった。
女性プレイヤーは冒険者だろうと、見るからに女性なのに。
「…つまりナビの同類のボクっ娘か。いや自分っ娘?ロールプレイか」
「ボクはそんなこと言わないっす!あ、移った」
ナビゲーションAIのナビが真似して笑っている。
「自分、いや、ワタシ…うぐぁ!恥ずかしいっす!」
「何が恥ずかしいのか分からない」
「私なら男女の別なく使う1人称なのに」
このゲームをプレイしているのなら18歳以上なので、早く大人になったほうが良いと思う。
高尾も社会人になる頃には私と言っているだろう。仕事の間は。
「それより着ぐるみ集団の一件は知らないのか?」
「まだ始めて3日目なんで、噂しか聞いてないっすよ。掲示板も少し読んだくらいっす」
「他のプレイヤーは俺には近付かないぞ」
街は平和になったのだが、それでも他のプレイヤーたちも着ぐるみ集団の異様さが忘れられないのか、クラウディアのファンたちのせいなのか、単に高尾が近付き難い人物扱いを受けているのか、そっと目を合わせないように避けて通るのだ。
フレンドどころではない。
でも遠くからエルを見ているのは知っている。エンジェリック・ラビットは可愛いので見たい気持ちは良く分かる。
「伊達眼鏡の件もあるかな。国外追放されたクランも。関わるとこの国を出た後で何されるか分からないってね」
「伊達眼鏡はともかく、その廃人クランは見てもいないのに…」
高尾が訓練を受けている間に来て、訓練の後で休憩していたら勝手にケンカを始めた連中である。
国外追放されたのも以前から行動に問題があったせいらしいし、高尾は関係ないのだ。
でもそういう連中は無関係の者に責任をなすりつけて逆恨みするものなのだ。
自分が悪いと理解できないから。
「伊達眼鏡って何っすか?」
「どこかの廃人クランのメンバーだろう。天然キラキラ男の知り合いだったな」
「天然キラキラ男って誰っすか…」
「〈円卓騎士団〉のアーサー」
高尾の答えに自分っ娘は「敬遠されるのそういう所が原因っすよー!」と叫んで逃げて行った。
アーサーのファンが怖いと。
「天然でキラキラしている男って悪口だったのか?」
「どうかな〜。同意する人もいると思うよ」
つまり怒る者もいるという事か。
キラキラ以外にどう表現したら良いものか、高尾には思いつかなかった。
エルは幼体を貰った翌日には進化していたが、コウモリの幼体の毛玉はのんびりさんなのか、進化先を悩んでいるのか、まだ毛玉のままだった。
エルが早すぎただけという可能性もある。
はちみつ採取3日目も無事にこなして来た高尾は、ちょっとログアウト休憩を取ってから商店街に来ていた。
目当てはケーキ屋である。
「店主に頼みがある。はちみつを1瓶売るからはちみつ入り薬草クッキーを買わせて欲しい」
ただで進呈するには懐が寂しいので、はちみつの代金はもらいたい。
だがケーキ屋の店主としても、入手量に限りのあるはちみつなら買いたいはずなのだ!
「試食した従魔たちが軒並み喜んでたから、正式に商品化しようとは思ってたんだよ。でも、ベストなレシピが決まらなくてな…」
「正式採用されたら買いに来るけど、この毛玉が進化した時に食べさせてやりたいんだ」
「おお、モンスターの幼体か!また見つけたのか」
「バットイーターを倒したらコウモリたちがくれた」
住民NPCたちの間では珍しいもの扱いなので、店主は毛玉を見ても喜んでいた。
もちろん入店時にエルを見て相好を崩していたものだ。
「それなら試作品でもいいか?明日には渡せるように用意しておく」
「もちろん!」
「ぴゅい!」
どのくらい作って貰うか相談して、心なしワクワクしている毛玉とものすごく期待しているエルと礼を言って店を出る。
普通の薬草クッキーはまだ残っているので、明日お金があったら一緒に買うつもりだ。
「つまり金策だな。聖水の素材を採って来て作るか」
1番利率が高いのが今のところ聖水だった。
教会でも販売しているが、アンデッド対策に持っていたいアイテムなのだろう。
沼地に行くのが嫌だから、という理由でも驚かないが。
「さすがに種族値9はないだろうと思ってた」
「モンスターの幼体って夢があるよね」
「ぴゅい」
ゲーム内で翌朝、高尾がログインすると宿の部屋に可愛い女の子がいた。
18禁のエロゲー展開ではない。ヴァンパイア・プリンセスに進化したのだ。
昨日まで毛玉だったのに、何が起きると可愛い女の子に進化するのか。
黒髪にルビーのような紅い眼をした女の子だ。18歳の高尾の感覚だと1、2歳年下の後輩に見える。
高尾はとりあえずエルと女の子に薬草クッキーを出して渡す。喜んで食べる姿は確かにモンスターだった。
人間には分からない味という意味で。
「名前は沙姫はどうだ?」
「誰かモデルでもいるの〜?」
「先輩の名前だ」
ウサギ好きで文芸部員だった。
高尾も高校時代は文芸部だったのだ。
もちろん漢字は変えたが、プリンセスなら姫だなと思っただけである。
「先輩の描くアニマルのイラストは全て可愛かったが、ウサギが特に可愛くってな」
「恋話かと思ったらウサギ愛の話が始まった…!」
リエッタさんに似た初恋の人は別だ。
名前に不満はなさそうなので沙姫で決定だ。ネーミングセンスのない高尾にしては可愛い名前である。
ただの借り物だけど。
「まずは従魔協会で登録して、それからケーキ屋にはちみつ入り薬草クッキーを買いに行こう」
毛玉だと召喚・送還登録が出来なかったのだ。登録するまで連れ歩くしかない。
また大騒ぎだろうなと思うが、2回目なので前回よりはマシだ。
「ところでヴァンパイア・プリンセスを探し求めていた着ぐるみ集団Part2とか出て来ないだろうな…」
「着ぐるみ集団はいないよ。ヴァンパイア・プリンセスに特定してるクランもないよ。そもそも種族値が高いから、まだ図鑑で見ただけで遭遇したプレイヤーがいないからね!」
最前線でもノーマルのヴァンパイアしか出現していないそうだ。
そしてテイム成功例は1件だけだ。
高尾はつい北のほうに目を向ける。
「あの向こうか…?」
「攻略情報は教えられないけど、レベルに相応しいモンスターが生息してるよね」
「じゃあ可愛い女の子に反応して喚くプレイヤーはどの程度いるか予測できるか?」
「人型の従魔は他にもいるし、女の子もいるけどね。悪魔族の女の子とかモンスター度が高くてマニアックだし…ゴースト系の女の子は触れない上、99%モブ顔だから…」
「極まれに美少女が混ざってるのか」
ヴァンパイアは逆に99%美形だそうだ。
何故そこでハズレを仕込むのか分からないが、モブ顔好きもいるのだろう。世界は広い。
「まぁ、可愛い女の子という時点で男の大半が嫉妬するのは考えるまでもないけどね!」
「それもそうだな」
きっと種族値なんて見ていない。
可愛い女の子の姿しか見ていない連中が騒ぐのは確定的な事実である。
「ヴァンパイアをテイムしたプレイヤーはどんな扱いを受けたんだ?」
「もっとテイムして来い。売れ寄越せ」
「…成功率が低いだろうに…」
宝くじが当たるような確率でも驚かない。
そう考えてから高尾は首をかしげた。
なんでまた自分がそんな確率を引き当てたのか、良く考えたら納得がいかない。高尾はそんなに運が良い人間ではないのだ。
「高い種族値に進化する隠し条件があったのか…?」
「ノーコメント」
「図鑑を見せて、希望を述べたからか?」
「駄目だよ、そんな適当なこと言ったら。従魔にも好感度があるんだよ。これスペシャルヒント!」
高尾がエルと沙姫を見ると、エルは照れたようにしながら高尾に頭をぐりぐり押し付けて来た。好感度が高い気がする。
沙姫のほうはスキンシップを取る様子はないが、ニコッと笑う。
恩返しイベントの報酬だから初期好感度が高いのかもしれない。
図鑑で進化先を確認して希望を述べる工程も必要な気がするのだ。契約主の希望に沿いたいと思ってくれるかもしれないから。
すでになりたい自分があったのなら意味がないだろうけど。
「あ、沙姫はクイーンになりたいか?」
「なりたいなら進化してたんじゃない?」
「そうか。俺は沙姫をアレに進化させたくないからな…」
「性能重視じゃない主人でも良いと思うよ」
いつの話になるか不明だが、この可愛い女の子がSMの女王様になったらショックを受けるだろう。
そこだけは最初に言っておいた高尾だった。




