第 18 話 はちみつを採取しよう
調理師に転職した高尾は、街で買えない食材があることを知って始まりの街ファストの東に広がる森の奥を目指していた。
調理師系の古参プレイヤーたちでさえ、自分で採りに行くか猟師NPCと交渉して契約するかしないと手に入らない食材。
その名は、はちみつ。
猟師NPCたちはすでに街の料理人NPCたちと契約しているので、そこにねじ込むのは高難易度だという。
NPCから見たら図々しい異邦人だろうな、と他人事なので呆れたが。
しかしどこの街でも近くの森の奥に採取場所があるので、自分で採りに行くのなら高尾のような新入りだって比較的簡単に入手できる食材だった。
危ないのは「売って売って売って!」と言いに来る図々しいプレイヤーの存在くらいだ。
相手の都合も考えずに、毎日採って来て売って!と言い出すらしい。
高尾は自分用以外は絶対に採りに行かないし売らないと誓ってしまったものだ。
「ぴゅいぴゅい♪」
「そんなにはちみつ入り薬草クッキーは美味かったのか」
「ぴゅいー」
エンジェリック・ラビットのエルが高尾の肩の上でご機嫌で鳴いている。
ケーキ屋に薬草クッキーを買いに行ったら、試作品のはちみつ入り薬草クッキーを貰えたのだ。
店主は「苦味の中にほのかな甘みがあって…マズ…いや、人間には分からない味なんだ」と悩んでいた。
他の従魔たちも喜んでいるので、新商品として売り出すか否か。
きっと作った本人は「こんなマズ…味の分からない物を店に出したくないなぁ」と思っているのだろう。
高尾もレシピ通りに作ったという薬草クッキーはちょっと味見をしたが、確かに人間には分からない味だった。
はちみつが入っていなくてもちょっぴり甘くて薬草の苦味とケンカしていたのだ。はちみつを足したら悪化するとしか思えないタイプの味なのだ。
なんで人間に理解できない味にしたのだ、運営。
ナビゲーションAIのナビも薬草クッキーは食べたいとは言わなかったものだ。
「料理教室にも行かないとなぁ…」
「リアルで料理する人には必要ないけどね。基本のメニューばかりだから」
「俺は茹で卵しか作れない」
「…大丈夫だよ!ジョブ補正が働くから!きっと!たぶん!だと良いよね…」
「目玉焼きは玉子を割るのを失敗してスクランブルエッグにしようと思ったのに、何故か焦げたからな…」
母に怒られて、水の入った鍋を渡されて「これなら焦げないから!」と茹でることになったのだ。
そういえば玉子だけではなくフライパンまで焦げたっけ…
何故焦げたのか、いまだに不明だった。
はちみつ採取には専用の道具が必要なので、道具屋で購入して来た。
まず香炉と団扇。
蜂を眠らせる香を焚いて、団扇であおいで煙を蜂の巣に向かわせる。
巣の周りにいた蜂がボトボトと落下して眠った所で静かに近付いて、用意して来た瓶に巣からトロトロとはちみつを流し込む。
「意味の分からないミニゲームだが、余程はちみつにこだわりがあったんだろうな」
「リアリティは何処?ってボクも思ってた」
「ぴゅいぃー」
毎回こんな事をするなんて猟師は大変である。高尾も必要な時以外はごめんだなと思った。
エルは黄金の液体にキラキラした眼差しを向けていた。はちみつのまま試しに舐めさせると、うっとりしていたものだ。
必要な時がたくさんありそうである。
蜂の巣はひとつしかないので1日1瓶限定のはちみつは大切にしまって、せっかく奥まで来たのだからレベル上げをして行くことにした。
街から遠くなるほど出現するモンスターも強くなるのだ。そのぶん経験値が多い。
「さらに東に行くと村があるんだったか」
「そうだね。転移ゲートがないから徒歩で移動するのは大変って序盤はスルーされ、高速移動できる手段が手に入る頃にはこんな低レベル帯の村に用がないって放置される、そんな村だよ」
「他にもそういう場所があるんだろう?従魔の進化に関わるシステムって、そういう所にありそう」
「攻略情報は教えられないよ!」
MMOだからそういう場所を調べるプレイヤーもいるはずだが、やはり人が少ないと見落としも増える。
プレイヤーの多い都市部のイベントは誰かしらが発見するものだろうけど。
エンジェリック・ラビットに進化させるシステムが解禁されないまま放置されているらしいので、ちょっと怪しく思えた。
でもプレイヤーが寄り付かない村なんてたくさんあるので、ヒントもなしに探す気はなかった。
「この国にシステム解禁イベントがあったら、国外追放された連中は詰むのか?」
「例え話としてだけど、キーイベントが出来ないなら詰むね!でも犯罪者扱いされる振る舞いの結果だから、そういうリスクがあるって思い知れば良いんじゃないかな」
PKと同じ事だが、他人に迷惑をかける行為にはリスクも付いて来るのだ。知らなかったでは済まない。
18禁ゲームなのだから、プレイヤーはみんな成人した大人として扱われるのだ。子供みたいな言い訳など通用しない。
もしもそんな展開になったら高尾は大きな声で「ザマァ!」と叫びたい。
叫びたい気持ちが強いだけで、実行するかどうかはその時の気分次第だろう。
しかし誰かが解禁したら全プレイヤーが利用可能になる場合もある。個別にイベントをこなす必要がないパターンもあるため、着ぐるみ集団の利になるくらいなら、見つからないまま終わればいいなとも思うのだ。
エルは最終進化形だから必要ないし。
余計な話をしながらも、モンスターを倒して回った。
エルのレベルが上がってさらに高尾より強くなっているが、高尾も騎士ルートを進めるために従魔士を早くコンプリートしたいところだ。
従魔士は魔術士系統なので、召喚・送還のスキル獲得以外に上げるうま味が少ないのだ。
エルを活躍させるのなら従魔士系の3次職で従魔を強化するスキルなどを覚えたいが、やはり騎士ルートで自分が前に出て戦いたいのである。
バトルするなら前衛で攻撃したいタイプだった。
従魔士のコンプまであとどのくらいだろうと考えていた時だった。エルが警戒の声を上げたので、高尾は『気配察知』スキルで周辺を探る。
少し離れたところにモンスターの反応があった。
このあたりに多く生息しているイノシシだと思ったのだが、見つからないように近付いてみると、初見のモンスターだった。
買って覚えた『鑑定』スキルでモンスターの情報を読み取る。スキルレベルが低いので、名前とレベルしか分からなかった。
「バッドイーター…悪食か?」
「バッドじゃなくてバット。コウモリのほうだよ」
「野球で使うのもバットだよな」
「食べるの?野球のバットを?」
しかしもbutじゃなかったか…と大学受験を突破したはずの高尾は思う。
イーターに繋がらないことに気付くべきである。
「…悪食どころかコウモリしか食べないグルメか」
「偏食かもしれないよ」
「ぴゅいぴゅい」
エルに「いつまで漫才してるの」と呆れられた気配がしたので、高尾は真面目にモンスターを観察した。
「見た目がアリクイ…」
「そうかもね〜」
たまに変な設定を入れて来るので、同じ人物が考えたんだろうなと思う。開発者全員が悪ノリするタイプの可能性もある。
真面目になるつもりだったのに台無しだが、レベルを見て周囲を確認して決めた。
「よし、倒そう!」
「ぴゅ!」
ちょっと格上で特別っぽいからボスモンスターかもしれないが、倒せない相手ではないと判断した。
あんまり大きくないモンスターだからでもある。豚より小さいくらいだろうか。
そこらのイノシシの半分くらいである。
従魔士なのでINTの補正値のほうがSTRより高いので、まずは風魔法で先制攻撃した。
アリクイ…ではなくバットイーターが体勢を崩したところにエルの追撃が入った。
思ったより相手のHPが多かったのか少し長引いたが、苦戦はしなかった。
「お疲れ様、エル」
「ぴゅい!」
耳をV字にしているので「ぶいっ」と言っているのかもしれない。可愛い。
高尾がエルを撫でて可愛いを堪能していると、夜しか現れないはずのコウモリたちが物陰から出て来た。
十数匹いるが敵対の意思は感じない。
むしろ従魔協会で見た従魔化しているコウモリたちと同じ雰囲気だ。
「…はっ!イベントだった!?」
「恩返しイベントはウサギ以外にもあるからね。コウモリたちを主食にしているモンスターなんて、凄く分かりやすいと思ったのに!」
「気付かない俺を見て笑ってたな…!」
「もちろんだよ!」
ナビに笑いものにされたが、そんなことよりコウモリたちだ。
ウサギと同じく「お礼にこちらを差し上げましょう」とばかりに毛玉を持って来ていた。
コウモリ系統の仲間が増えるのもいいな、と高尾は思う。ヴァンパイアは戦闘種族で強そうだし。
「…ヴァンパイアになったら人型に進化するんだよな。女の子がいいな」
「ぴゅいー…」
「こいつ欲望ダダ漏れって顔されてるよ」
「ヴァンパイアとは違うルートに進化する可能性もあるだろ!希望を述べてみただけだ!」
ヴァンパイアに進化させるシステムが未解禁っぽいが、高尾のコウモリがヴァンパイアになるなんて1年くらい先の話である。
その時までに発見されて欲しいものだ。
あんまり期待してないけど。
コウモリたちはちょっと相談してから、別の毛玉を持って来た。性別の要望は聞いてくれるらしい。
従魔協会でまた図鑑を見せてもらって、何に進化するのか楽しみに待つことにしたのだった。




