第 17 話 聖水を作ろう
ようやく『危機感知』スキルが反応しない、真の平和が訪れたので高尾は始まりの街ファストの北西にある沼地に来ていた。
沼地の入口付近には体長1メートルくらいのカエルたちがゲロゲロ鳴いて暮らしているが、奥に行くとリザードマンの生息地になっている。
今日の目当ては聖水の素材になる植物の葉なので、カエルたちとたまに戦いながら採取している。
沼の周囲に生えているので泥々にならないからまだマシだった。
「ウサギはぴょんだが、あいつらはびよんって感じだな」
「ぴゅい…」
エンジェリック・ラビットのエルは高尾の肩の上でぐでっとしながらやる気なく応えている。
カエルの舌で巻き取られて沼の中に引きずり込まれたのが効いたらしい。カエル嫌いという雰囲気だ。
高尾は雨ガエルくらいはなんとも思わないが、巨大ガエルはちょっと生理的嫌悪感を覚えないこともない。
可能なら関わりたくなかった。
泥汚れもきちんと再現しているゲームだが、ラノベでも良くある生活魔法のクリーンですぐに綺麗になる。MP消費は1なので数分で自動回復する程度だ。
HPとMPの自動回復力上昇スキルも存在しているが、3次職か4次職あたりのジョブのコンプリート特典なのだ。まだ手が届かないスキルだった。
「リザードマンは仲間にしようか悩んでたんだが、どうしたものか…」
「何を悩むことがあるの?テイム出来たら強いって人気だよ。序盤のうちは」
ナビゲーションAIのナビがおすすめ従魔!とばかりに言うが、高尾はカエルをちらりと見る。
「両生類や爬虫類は得意じゃないな、と改めて思っているところだ」
「ぴゅいぃ!?」
「そうだね。エルもリザードマンってカエルに似てるの!?って慄いてるもんね」
「苦手な人間は一緒くたにする程度には似ていると言えなくもないな」
全然似てないよ!と言われそうだが、区別してやる気も起きねぇよ!と言う人間もいるという話だ。
議論するだけ無駄である。
「それと沼地の最奥にいるリザードマンのボスは、どんな凶悪なご面相なのか…」
「リザードマンたちはイケメンだと思っていても、人間と価値基準が違うからね」
「レア武器を落とすらしいけど、槍だからな…使わないなぁ」
リザードマンを仲間にするのなら、そのリザードマンに装備させたい武器らしい。
話を聞いただけのうちは周回して手に入れたいと思っていたのだが。
すっかりやる気が失せている高尾だった。
エルも行きたくなさそうにしていたものである。
沼地の奥はレベルが高いのでまた今度ということにして、高尾たちは街に戻って来た。
まずは初日に受けた教会のクエストをクリアして、聖水のレシピを貰う。これで調合師で作れる物が増えた。
ちなみにバトルが出来ない生産職メインのプレイヤーは、街で売っている素材を買ってクエストをクリアすることも可能だ。
バトルが出来ないのは仕方がないということかデメリットはない。
高尾は赤字になるから自分で採りに行けるようになるまで待っていただけだ。自作する素材も結局必要になるのだから。
簡単な調合なら宿屋の部屋で行っても怒られないので、宿の主人に聖水作りをすると一応断ってから部屋に戻った。
もう一つの材料の水は樽いっぱいに井戸で汲んで来たので、あとはレシピ通りに作るだけである。
「聖水は呪いを解いたり、アンデッド系のモンスターに特攻効果があるんだったか」
「簡単な呪いしか解けないけど、呪われたアイテムはそんなにないから対アンデッド用がメインだね。ファストの周辺には出ないけど」
動画で見たことがあるが、アンデッド系もリアリティ重視で気持ち悪いヴィジュアルだった気がする。
映画は平気でも現実で見たら平気かどうかは別問題だ。アンデッドは駄目!というプレイヤーは多いらしい。
「ゾンビやグールは俺も駄目な気がする…」
「ぴゅい?」
「そうだ、ファストにも下水道があるだろう。嫌われ者モンスターのクリーパーが住んでる場所」
「クリーパーも駄目なの?冒険者なのに情けないなぁ」
「ぴゅい?」
そうは言われても、このゲームのクリーパーはまんまヘドロなのだ。臭くて汚くて、しかも相手を呑み込もうとして来る。
ドブに全身で浸かるようなものだ。不快指数はいかほどか。
さらに他の国にはアビス・クリーパーがいる。
クリーパーの5倍の体積を誇るので、呑み込まれたらなかなか出られなくなるそうだ。
どんな地獄なのか。
「クリーパーに聖水は効くのか?」
「聖水より水魔法のほうが効果的だよ」
クリーパーの生息している場所に行くつもりはないが、万一に備えて水魔法のスキルは買っておきたい。
まだ風魔法しか覚えていない高尾はそう思った。
翌日も翌々日も北西の沼地に通って、高尾は従魔士のジョブからレベル上げをしていた。
そして聖水の素材を採取して、街の宿に戻って聖水作りをするサイクルである。
おかげで調合師をコンプリート出来たので、次は調理師に転職した。
「聖水は自分でも万一に備えて持っていたいから、納品クエストの分だけだな」
「セカンの街に行くと大きな墓地がありますからね」
「昼間は出ない、はずだ」
ギルドで聖水の納品クエストをクリアして、調理師用のクエストを見ながら高尾は受付嬢に答える。
もちろん墓地は不人気エリアなので、昼間だって近付きたくないというプレイヤーが多いそうだ。
エルはアンデッドがどんなものか知らないようで、「ボクが倒してあげる!」と張り切っていた。でも行かないからそんな機会は来ないと思う。
「墓地には西のフォースンの街の英雄だった方の墓碑もあるんですよ。墓地の西の森を抜けるとフォースンにも近い場所ですから」
「英雄か…そうだ、『タルスティン・サーガ』っていう、この国の英雄譚をまとめた本があるって聞いたな」
「どこの家にもある本ですね。でもその本には載っていない方ですよ」
比較的近年の英雄なので、古い本には載っていないそうだ。
その本は古本屋で稀に売っているレアなアイテムで、入手した者にだけミニイベントが起きるという事で話題になっていた時期がある。
高尾も本を買えたという配信者がイベントを体験する動画を見たことがあった。
英雄譚の追体験をするのだが、内容よりクリア報酬が問題だったのだ。当時の基準ではチート級の装備が手に入ったから。
今ではすっかり伝説の装備より強い物が出回っているので話題にならなくなったが、高尾には有用な装備だ。
機会があったら手に入れたいと思っていた。
古本屋もマメに見に行こうと予定を追加しておいた。
「それならフォースンに行けば英雄の本が売っているのか?」
「あると思いますよ」
フォースンの英雄のイベントなんて記憶にないが、高尾も全部のイベントをチェックしていた訳ではない。
話題にならない地味なイベントは知らないことが多いだろう。
攻略サイトで見たのはジョブ関連の育成に関するものばかりだし、動画も人気の対抗戦やコロシアムの決勝トーナメント、話題のイベントなどを摘み食いしていただけである。
あとは序盤の効率的な進め方などを見て、自分ならもっと上手くやる!と思っていた頃もあった。
全て机上の空論、絵に描いた餅だったけど。
そして序盤は始まりの街あたりの話なので、フォースンなんて良く知らない。港街だという話くらいしか思い出せない。
「…フォースン、港街という以外の特徴が分からないな」
「そうですね。フォースンにはタイニーモンキーという手乗りサイズの可愛いモンスターが生息していますよ!」
「エルより小さいな」
「ぴゅう!」
可愛いなら飼いたいが、どう考えてもペット枠である。家を手に入れるまでどうにもならないだろう。
でもフォースンの特長を聞いて可愛いモンスター情報が真っ先に出て来るのは、現在従魔士だからなのか。
エンジェリック・ラビットを連れているからなのか。
それともフォースンには特色がないという事なのか。
…可愛いもの好きだと思われているだけな気がしたものだ。




