第 13 話 従魔のおやつ
始まりの街ファストに着ぐるみ集団が現れなかった数日の間に、高尾は基本ジョブ4つをコンプリートした。
2次職は騎士系から始めたかったが、可愛いエンジェリック・ラビットのエルのために従魔士になった。
従魔士を最大レベルの20まで上げないと習得は出来ないが、従魔士を使っている間は召喚・送還のスキルを使えるようになる。
従魔協会で手続きをして、送還場所をファストの従魔協会の預かり所にしたところだ。
「こ、これが噂のエンジェリック・ラビット…!あの幼体から進化した天使…!」
「ぴゅい!」
「…大丈夫なのか、この受付嬢?」
「たまに個性的な受付嬢だっているよ」
従魔協会の受付嬢の1人がちょっと個性的で、エルを見てはぁはぁ言っている。変質者っぽい。
ここにエルを預けるのが不安になって来たが、今はまだここしか預ける場所がないのだ。
「異邦人の方はモンスターの幼体を発見する隠し能力があるようですし、是非ともまた天使の幼体を見つけて来て下さいね!」
「そんな隠し能力はないと思う…」
「ぴゅい…」
誰よりも欲望に忠実な要望を突きつけて来たが、着ぐるみ集団たちに比べたら爽やかなくらいだ。
…いや、欲に眩んだ濁った眼をしてる気がする。
ナビも「個性だよ」とやや自信なさそうに言い直していたものだ。
「それよりクエストを確認したい。テイムした従魔の納品クエストがあるって聞いたぞ」
「天使の納品クエストを作れってことですね!」
「…そっちの受付に移動して良いか?」
「どうぞ!同僚が失礼致しました」
個性的な受付嬢は奥に連行されて行った。
そのうち正気に戻るだろう。
別の受付嬢にクエストを見せてもらって、このあたりも初心者従魔士向けの練習クエストなんだろうなと思う。
協会で売っている従魔の納品クエストがあるからだ。
「ウサギは飼いたくなって手放せないから止めておこう…」
「家を買うまで我慢だよ!」
「ウサギはテイムしやすくて、ペットとして人気もあるのでおすすめなのですが…」
この辺りでテイム出来るモンスターは弱いので、買う者がいるとしたらペットとしてだろう。良く分かる。
そしてペットにしたい可愛いモンスターなんてウサギくらいだ。いや、ネズミもけっこう可愛いけど。
オオカミやイノシシは見た目は迫力があるのだが、犬派ならセカンで可愛い仔犬が買えて1段進化すると格好いい犬になるので、あえてオオカミを求める客は少ないらしい。
「フロッグ…カエルか…沼地にいるんだったか」
「コアなファンが買うらしいね」
「リザードマンも沼地か…」
「進化後はテイムが難しいので、1番テイムしやすいリザードマンから育てる方が多いですよ」
リザードマンは人型の従魔なので、武器防具を装備できるそうだ。装備で能力を上乗せできるから強いらしい。
他にも人型の従魔はいるが、テイムが難しいものが多いという話だ。
その中ではリザードマンはテイムがしやすいほうということだ。
「コウモリも種族値7で人型のヴァンパイアキッズに進化するのですが、テイムの成功例は数件ですね。進化させる方法も不明です」
「種族値7…!強そう」
「ぴゅい」
最終進化形のエンジェリック・ラビットは種族値5なのだ。
ウサギは戦闘種族ではなく愛玩生物なので仕方がない。可愛さなら最強だ。
ファスト周辺でテイムできるモンスターの話を一通り聞いてから、高尾は思い出して尋ねた。
「テイムしやすくなる食べ物の話も聞いておきたかった」
「通称『従魔のおやつ』と呼ばれるアイテムがありますよ。ですが通常の食べ物でも好物なら効果があります」
「薬草か…」
「ぴゅいっ!」
「自作なさる従魔士もいるそうです」
高尾も調理師になれたら作ってみようと思う。リアルでは母の手伝いを強制され…もとい練習させられたくらいで、作れる料理は茹で卵以外にないけど。
お料理教室のような講習クエストがあったはずだ。
薬草を使ったレシピを考えてみる。
「…青汁しか思いつかない…」
「ぴゅい!?ぴゅうぴゅう!」
「違うよ、そうじゃないんだよ!って必死に訴えているようにしか見えない」
「ワタクシも同感です…」
薬草を使った料理を考える必要がありそうだった。
まずどんな料理があるのか確認しよう、と高尾は商店街にやって来た。
エンジェリック・ラビットを連れて歩いていてもプレイヤー以外は通行の邪魔をしないので、着ぐるみ集団がいないと街歩きも快適である。
「そうだ、クラン対抗戦は今日か?終わったらまた現れるのか、着ぐるみども」
「ぴゅっ!?」
「勝者が何を条件に望むかによるから、終わるまで分からないなぁ。アーサーはイジメ駄目ゼッタイ!としか思ってなさそうだけど、他のメンバーは付き合わされるんだから報酬が必要だって考えるだろうし」
「対戦前に決めておくものじゃないのか?」
「システム上はね。その後でプレイヤー同士で話し合ってやり取りすることが多いよ」
今回のクラン対抗戦の公式的な勝利報酬はラビラビ山に関することだけになっているそうだ。
〈ラビッツ〉はラビラビ山に近付く人間(NPCも含む)の妨害行為をしないこと。
ラビラビ山に滞在する場合、1人1日2時間までと制限を課すこと。
ラビラビ山はボスなどの存在しないフィールドなので、適正レベル以上なら2時間もあれば往復可能な広さだそうだ。採取などで行くとしても1日2時間あれば充分だろう。
一般のエンジョイ勢は1日のプレイ時間は2、3時間なのだ。〈ラビッツ〉の着ぐるみ集団のプレイ時間など知らないが。
これは口約束ではなく、公式に決定されるのでシステムが制限をかけてくれるそうだ。
クランを脱退しても解除できない。
宣戦布告を受けた時点でクランに所属していたメンバー全員に適応される徹底ぶりだ。
そのくらいしないと踏み倒そうとする者がいるからだそうだ。
なので宣戦布告された連中が青くなって帰って行ったのだ。逃げ道がなかったから。
あとは〈円卓騎士団〉が宣戦布告を撤回するくらいしか望みがないので、取り下げるように交渉するくらいしかない。
だがアーサーは引かないので、クラン対抗戦は決行されるようだ。
「ラビラビ山とか、いつ到達するか分からない場所の話なんてどうでもいいな…」
「ぴゅい…」
「あの天然男、ズレてるからねぇ」
高尾の望みは着ぐるみ集団のタルスティン王国からの追放である。
とりあえず最初の国にいる間は安全になるだろうから。
しかし権力者NPCではないので、国外追放処分までは要求できないそうだ。
権力者だって相応の理由がないと出来ないが。先日の悪名高いクランの件は渡りに船だっただけである。
高尾は見ていないが、廃人クランの中でもタチが悪い連中だそうだ。
なんか何もしていない高尾が逆恨みされてそう。
この自由時間が終わってしまったらどうしよう…と景気の悪いことを考えて歩いていたが、ケーキ屋を見つけて高尾はテンションが上がった。
甘党というほどではないが、誕生日などの特別な日にしか食べられない物という認識があるためつい喜んでしまう。
ゲームの中なら食べ放題なのだ。お金さえあれば。
「エルは甘い物は食べられるか?」
「ぴゅい!」
「ボクも食べてみたい…!」
「…ナビも食べられるのか?」
「食べられないから食べてみたい…!」
ナビゲーションAIはホログラムでしかないので、飲食できない設定だそうだ。同じデータなのだから、技術的には可能だろうに。
そこは運営に頼むしかないが、物欲しげに見て来て食べにくいから体験させてやって欲しいと要望だけは送ってやった。
ナビは文句を言いつつも、要望が一定数になったら叶うかも!と夢見る瞳になっていたものだ。
「でも食べてみたら大好物だと判明して、さらに物欲しげに見て来る可能性もあるのがな…」
「ぴゅい…」
高尾はナビの分まで買わされるのは遠慮したい。今も財布の中身は軽いほうなのだ。
そんなやり取りをしてから店に入る。
個人営業の小さな店だが、ショーケースに並んだケーキの種類は20種類くらいある。
他にも小袋に入ったクッキーなどの焼き菓子も棚に並んでいた。
「俺はイチゴのショートケーキがいいな」
「ぴゅぴゅい!」
ケーキと言えばイチゴのショートケーキ!というタイプの高尾と違って、エルは焼き菓子が気になるようだ。
マドレーヌやカップケーキも美味しそうなので高尾も買いたくなる。
「その緑のクッキーか?抹茶味なのか?」
「薬草味だよ」
「おう、従魔の喜ぶクッキーだ。エンジェリック・ラビットも食べるんだな」
店主のおじさんが天使にメロメロの顔で答えた。人間の口には合わないらしい。
だがペットの従魔がいる客には好評だという話だ。
薬草味…ほうれん草みたいなものだろうかと思いながら、エルが期待に満ちた顔で見ているので数袋買うことにした。
着ぐるみ集団が復活したら買いに来られなくなるし。
「薬草味のカップケーキにしても食べるだろうか」
「さっきも言ったが人間には分からない味だから、試作してみても良く分からなくってな」
薬草クッキーはレシピが存在するので、その通りに作っただけだそうだ。
あとは飼い主が従魔に合わせて作ってやれ、という事だった。薬草クッキーは基本として用意されたお手本なのだろう。
なかなか従魔士も奥が深いジョブ系統だった。
ちなみにエルは薬草クッキーに大喜びしていた。
高尾もショートケーキに大喜びしたので、またあのケーキ屋には行きたいものである。




