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5年越しの『アルカディア』  作者: 兼乃木


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第9話 エンジェリック・パニック3

 高尾(たかお)が訓練場からギルドのエントランスに戻ると、何やら不穏な雰囲気だった。


 近付く前に近くにいた職員に尋ねる。


「何かあったのか?」

「異邦人の中でも特にレベルの高い人たちのクランのね…」

「いくつかのクランの人たちが一触即発というか…」


 エンジェリック・ラビットとは別件だろうか。だが他に始まりの街に来ている理由が分からない。


 ナビゲーションAIのナビが肩を竦めて説明した。


「勝手なこと言って、エンジェリック・ラビットを買うのはうちのクランだ!いやオレたちだ!って言い合ってるだけだよ」

「売らないぞ!?」

「ぴゅいっ!」

「捕らぬ狸の皮算用だよ」


 この場合そのことわざが相応しいかどうかはともかく、相手の意思を踏みにじるゴミカス連中なのは分かった。


「着ぐるみ集団が許すのか?」

「〈ラビッツ〉より強いから。コロシアムで上位争いしているようなクランだよ。クラン対抗戦でもたいてい上位に入ってるし」


 力で強奪しようとは、とんだ蛮族どもである。

 ただの廃人のくせに、と吐き捨てたい。


「少し休みたいんだが」

「それなら休憩室を使うと良いよ。職員専用だけど、許可は出ているからね」

「ありがとう」


 次のクエストを受けようと思ったが、ログアウトして休むことにした。

 プレイヤーが入れない場所なら安全である。


 宿屋や自宅も、ログアウト中の安全を保証するエリアになっていた。PK(プレイヤーキル)があるゲームなので、安心してログアウト出来る場所がないとマトモに遊べなくなるだろう。


 高尾は職員に休憩室の場所を教えてもらって、短時間のログアウト休憩を取ったのだった。






 ログインした高尾が休憩室でエルと少し戯れていた時だった。

 ナビが「あ~あ」と言うと同時に、ギルドのエントランスのほうが騒がしくなった。

 というか怒号と悲鳴が上がった。


「ぴゅいっ!?」


 エルが驚いて高尾の上着の中に入ろうとしたので、宥めるように撫でてやる。ここは安全だ、と。


「ケンカか?」

「カッコつけて私闘とか言ってるけど、子供のケンカ以下の下らなさだからねぇ。まだエンジェリック・ラビットの所有権の奪い合いをしてるだけだよ」

「そんなに欲しいならラビラビ山とやらに通えばいいだろう…」

「ぴゅう!」

「エンジェリック・ラビットが好きだから欲しいんじゃなくて、現状1点物のレア従魔だから手に入れて自慢したいだけだよ」


 新人プレイヤーから巻き上げて何が自慢になるのだろう。

 あんな奴らに渡すくらいなら、エルが消えると分かっていてもキャラクターデリケートしてこの世界から退去したほうがマシだ。


 その場合、高尾は2度とこのゲームで遊ばないだろうけど。


「ギルド内でのケンカ騒ぎは犯罪か?」

「監獄送りになるほどじゃないけど、時期が悪かったというか、タイミングが最悪だったというか、ギルド側の好感度が底値のさらに下まで下がってる状況だからね。お望み通りの国外追放処分もありえるよ!」

「着ぐるみ集団が国外追放されるのか?」

「…着ぐるみ集団は外にいるから対象外だった!」


 それは残念である。

 エルも顔を出してがっかりしていたものだ。


 騒ぎが収まるまで大人しくしていようと、高尾たちは休憩室でのんびり過ごした。

 たまに喚き声が響いてエルがビクッとするのが可哀想だったが、外は危険なので我慢してもらうしかない。


 図鑑でもあれば暇つぶしになったのに、と従魔協会で見せてもらったものを思い出していると、ようやく静かになったようだ。


 ケンカをしていた連中は自警団に引き渡されて、連行されて行ったらしい。


「自慢になるどころか、相当恥ずかしいな」

「本当にね。アバターは見栄を張って美形に作ってあるけど、あれはいただけないよねぇ。性根が滲み出て悪人ヅラになってるし」

「お前が作ったアバターか?」

「違うよ!ボクの芸術作品をあんな連中に汚されるなんて我慢できない!」


 落ち着いているという事は、ナビの作品ではないという事らしい。

 アバターが芸術作品かどうかはともかく。


「イケメン廃人ランキングの1位がボクの作品じゃないのも納得いかないけどさぁ」

「そのランキング、廃人って明記されてるのか?」

「されてはいないけど、有名人になるのは廃人くらいだよ!」


 プレイ時間が圧倒的に違うのだから、それはそうだろう。

 もしくは所謂(いわゆる)プレイヤースキルが天才的に高い人間くらいだ。


「キミは期待の新人だけど、エンジェリック・ラビットの影に隠れちゃうからなぁ」

「嫌われ者ランキングのほうに入れられそう」

「そんなランキングは表向きは存在しないんだよ」


 何処かに隠されているようだ。

 積極的に見たいものでもないが。


「…ナビゲーションAIの人気ランキングは」

「あんなもの許してないよ!!」


 認めたくないらしい。

 高尾も「現実を見ろ」とは言わない。現実ではなくゲームだから、ではない。


 ナビを怒らせても良いことなど何もないからだ。






 ケンカは解決したようなので高尾がエントランスに行くと、まるで諸悪の根源のように睨まれた。


 こいつらも全員連行してくれたら良かったのに。


 そう思うに充分な反応だった。嫌悪感しか感じない。


 受付嬢に声をかけて次の訓練クエストを受けようとしていると、インテリぶった眼鏡の男が声をかけて来た。

 愛想良く話しかけて来たが、高尾を見下している雰囲気は消せていない。


 学校にもいたな、こういう奴。

 具体的に言うと生徒会のメンバー。


 一般生徒を格下みたいに見下すから嫌われていた。顔だけは良いから女子には人気だったらしいが、同性からは余計に毛嫌いされるだけだった。


「こんな騒ぎになるのも、全ては従魔が原因だろう。手放すことを勧めるよ」

「なに責任転嫁してるんだ。従魔が悪いんじゃない。モラルの欠如した連中が悪いんだ」


 しかもエルを悪者扱いするなんて最悪だった。

 受付嬢やギルドの職員たちも天使を貶されて目つきが険しくなった。


 エルは訓練場ではギルドの職員たちに遊んでもらっているし、人気者なのだ。

 天使のために頑張るからね!と言われているアイドルのような存在なのである。


 エルを怯えさせている連中には見せるはずもないが、人懐っこいのでギルドのマスター(かなり高齢のお爺さん)だってメロメロになっているくらいだ。


「それとも宝くじの1等を当てるような確率でウサギの最終進化形態を手に入れた俺が悪いのか?宝くじの高額当選者は悪なのか?モンスターの幼体なんていらないって売り払ってた奴のほうが多かったらしいのに、自分でチャンスを売り払ってただけなのに、当てた奴が悪いって言う気なのか?」

「そんなことは言っていないだろう。所持しているとトラブルの元になるからね」

「俺の話が理解できなかったのか?トラブルの元が悪いのか?トラブルを起こすモラルのない奴が悪いんじゃないのか?」


 表現を変えただけで同じことを繰り返す。

 インテリぶってるけど伊達眼鏡じゃないだろうか、こいつ。


「分からない奴だな。その従魔を持っているとトラブルになると言っているんだ」

「…どうしよう、ナビ。自分の頭の悪さを自覚できてない奴とは話がかみ合わないんだが。俺が繰り返し問いかけた件はそんなに難解だったか?」

「理解する気がないだけじゃない?しようと思っても出来ない気もするけどね!」


 モラルのない連中の件をまず言及する場面だろう。頭が良いなら論破できるかもしれない。

 弁護士だって被告人の弁護をしているのだ。

 どこかに弁護できる所があるかもしれない。


 そんなものがあっても高尾は許さないけど。


「どうしよう、話が通じない」

「全くですね。モラルのない方々にまず注意するべきかと思いますよ」


 受付嬢にも訴えたが、こちらはきちんと答えてくれた。高尾の話が理解できないほど酷かった訳ではなかったんだ、と一安心だ。


「まぁ従魔を巻き上げたいことが1言目で分かる交渉力の無さだったからな。どストレートすぎてブラフかと思ったけど、そんなことなさそう」

「初手で手放せはないよね〜。欲望ダダ漏れ」

「やっぱり伊達眼鏡だろうか」

「視力に補正がかかるから、異邦人は全員伊達眼鏡だとも!」

「おしゃれアイテムかもしれませんよ」


 受付嬢がちょっと優しくフォローしていたが、インテリぶっている時点でおしゃれより伊達眼鏡である。

 頭が良さそうに見えるからかけているだけに違いない。


 口を開くと台無しなのに。


「キサマっ…!」

「きゃー怖い」

「きゃーっ!怖いっ!」


 ナビのきゃーっは笑い声にしか聴こえなかったが、ナビなので仕方がない。高尾より5年もこのゲームをしている連中のほうが詳しいだろう。こういう性格だと。


 伊達眼鏡は高尾に掴みかかろうとしたが、職員たちの視線に気付いて手を引いた。

 手を出していれば合法的に暴行未遂で連行されただろうに、残念だった。






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