第8話 エンジェリック・パニック2
魔術士の基礎訓練クエストを受ける前に、高尾はギルドの受付で必要なスキルを購入した。
魔術士なのに魔法スキルをひとつも覚えていなかったら訓練にならないだろう。
それに魔法を使うために『魔力操作』『魔力感知』などのスキルが必須だった。魔術士でスタートするのは敷居が高いようだ。
まだネズミのドロップアイテムくらいしか売っていないので、一気に懐が寒くなってしまった。
「確か生産職は調合師と彫金師から始まるんだったか…道具も素材も買えない」
「初心者セットならクエストのクリア報酬で手に入りますよ。素材は…調合ならウサギのいる草原で採取できるのですが…」
「昨日、採取しておけば…」
調合師は薬草からポーションを作るジョブである。基本ジョブなので1番簡単なポーションしか作れないが、鉱石素材が必要な彫金師より初心者向けだろう。
そしてチュートリアルで受けた教会のクエストのクリア報酬のレシピも、この調合師で使えるそうだ。
本来は調合師で片手間に金策が出来る設計だったのだろうが、外に出られないと何も出来ない。
──と思ったが、街の中だけで完結するお使いクエストならあった。効率は悪いが非売品アイテムが報酬になっているものもあるので、しばらくはなんとかなりそうだ。
そんな訳で2日目は訓練クエストを受けて、安全なお使いクエストを少しこなして過ごした。
自警団が巡回しているので、それに合わせて歩いたから着ぐるみ集団に襲われることなくやり過ごせたのだった。
3日目も訓練クエストとお使いクエストを受けて、時間があったので調合師と彫金師のクエストもこなした。
出来ることは増えたが、素材がないので暇つぶしにもならない。
売っている素材を買うと赤字だから。
4日目を迎えて、マトモにプレイ出来ない!と運営に通報しても良いのではないかとナビゲーションAIのナビに言ってみたが、運営は何もしないよと断言されただけだった。
今日も宿屋にログインしたところだ。
エルも高尾に合わせて起きて、かまってかまってと頭をぐりぐりして来る。
今日も朝から天使だ。
「それより嘘だ嘘だ嘘だって喚いておいてウサギの恩返しイベントを探してた連中が、そのイベントすら起きないってさらに怒り狂ってるから危険度が上昇してるよ!」
「ランダムで発生するんだろ?2、3日でキレるなんてアホなのか?」
「これはプレイヤーたちが掲示板に書き込んだネタだから開示できるんだけどね。1度でもその系統のモンスターを倒してしまうと恩返しイベントは発生しなくなるんだよ」
「…無駄なことをしたな」
つまりどこかにネズミの恩返しイベントがあったとしても、高尾は発生しなくなったという話だ。
5年もやっていたプレイヤーなら、もう恩返しイベントなんて起きない種族ばかりだろう。
全く戦わずにいた生産職メインのプレイヤー以外は。
「掲示板で話題になってるから、次はウサギを倒したことがない新人が標的にされそうだよ」
「モンスターの幼体の横取りか?契約前だと奪えるのか?」
「アイテムと違って所有権はないけど、イベント報酬だから奪えないようになってるよ」
どうしようもない連中だった。
そういう連中を取り締まる法律がない世界がいかに原始的で野蛮で危険な場所か、嫌というほど分かる話である。
「ギルドで警告しておこう…」
「運営じゃなくて、現地のNPCたちが取り締まってるんだって良く分かるよね」
頼るならNPCたちだ、と運営の下僕に言われても…という気持ちになったが、ここはそういうゲーム世界なのだろう。
それに「ゲームのルールだから」と言っておけば誤魔化せるものもある。
「あれか。連中を国外追放に処したら安全になるんだな」
「なんて外道なの…!でも国外追放処分はありえるんだよね。この国の法律に違反すれば。監獄送りより弱い犯罪なら」
「勝手に自滅してくれないかな」
「ぴゅい」
エルもあいつら消えてくれないかなという様子で頷いていたものだ。
自警団が宿屋の近くを通る時間を聞いて通りに出た。
ストーカーのごとく着ぐるみ集団があちこちで蠢いていた。高尾の『危機感知』スキルが凄い勢いで育っているが、すなわち悪意を向けられているという事だ。
「最前線のプレイヤーの『危機感知』はどのくらいのレベルなんだ?」
「キミのスキルレベルが追い越しかけてる程度だよ。そんなに危険に曝されてるプレイヤー、いないから」
「ぴゅい…」
始まりの街がラストダンジョン並みに危険という事だろうか。
ついでに不人気スキルだからセットしているプレイヤーが少ないという理由もある。特に街の中でセットして歩くスキルではないのだろう。本来は。
「このスキルが転職条件になっているジョブはないのか?危険を素早く感知して逃走するのが上手くなりそう」
「そういう攻略情報は答えられないけど、スキルレベルが関係してるジョブはいくつかあるね」
着ぐるみ集団──ではなく、敵に煙玉などを投げつけて逃げおおせるスキルがあったら今すぐに欲しいくらいだ。
もしくはカモフラージュして隠れてやり過ごせるスキルでも良い。
そんな話をナビとしながら、自警団の巡回ルートを着いて行く。大通りにあるギルド前も通るが、少し遠回りなのは仕方がない。
エルは住民たちには愛想を振りまくが、着ぐるみ集団の視界に入りたくないと高尾の上着の中に潜り込んでいた。
キャリーケースとは言わないが、エルを安全に運べるバッグも買いたい気分だ。
やがて今日も無事にギルドに到着した。
自警団には勝手に後を着いて来ただけなので声はかけないが、心の中で感謝して見送る。
あちらも事情は承知しているとのことで、特に着ぐるみ集団を警戒して見回っているそうだ。
着ぐるみじゃないプレイヤーたちも始まりの街に着てうろうろしているらしい。
このタイミングで来ているのならエンジェリック・ラビット目当てだろう。
高尾だって住民たちのように常識的な距離で声をかけて来るのなら応じる用意はあるのだが、常識的な人間はこんな所に押しかけて来ないものなのだ。
巻き込まれて面倒くさい事になるだろうから。
つまり高尾と同じ新人プレイヤーや、始まりの街に店を出していて、以前から新人相手の商売をしている生産職のプレイヤー以外は危険という事である。
ここで店を出しているのは新人支援を掲げるボランティア気質のプレイヤーなので、そちらは安全なはずだ。
クランで経営している店らしいから支店という事になるが、それでも新人相手では儲けにならないのにやっているのだから。
高尾も話は聞いていたので、基本ジョブがコンプリート出来た頃にでも店に行ってみようと思っていたのだ。
今は迷惑をかけそうなので行けないけど。
金策も出来ないからお金もないし。
予定が狂いまくりだなと思いながらギルドに入る。
受付はほとんど空いているのに、エントランスにはプレイヤーが何十人もいた。ここ数日ずっとこんな混雑状態だ。
目当てはエンジェリック・ラビットなのだろう。高尾のほうを嫌な目つきで見て来る。
エルは上着の中から出ようとしない。
ギルドは着ぐるみ集団を立入禁止にしていた。用があるならそのフザケた恰好をやめろ!と言っていたので、着ぐるみを脱いだ連中も混ざっているのかもしれない。
高尾は目を合わせないようにして受付に向かった。受付嬢もこの状況にストレスを感じているようで、初日より精彩が欠けていた。
とにかくクエストを受ける。
訓練場に入ればマシになるのだ。
「お使いクエストはもう無理そうだな…」
「日毎に増えてますからね…」
プレイヤーの目が届かない訓練場などに籠っているほうがマシだった。




