59.奈良斑鳩ダンジョン日記⑬
このお話はあくまでフィクションです。現実の寺と似ている部分があってもそれはフィクションです。
分身君が待機場を歩いていく。行く先は【ベヒモス】の不良ども。
「なんだテメェは?」
「まさか、作務衣!?」
「や、やんのか!?」
おびえてるのはなんで?
「テメェが作務衣かぁ」
長髪ライダーズで暑そうな男が前に出てくる。ベルトにつけた鞘には長剣。ヘビメタ装束っぽく見えるこいつが伏見だ。
ふふっと笑ってやる。この【化身】スキルで創った分身体はしゃべれないんだ。大きな欠点ではあるけど、でもスキルは使えたりする。あと、見えないところだとうまく制御できない。自立行動はできないんだ。便利だけど制約が大きいんだよ。
「なめ腐りやがって……テメエのおかげでエラい振り回されてなぁ。落とし前をつけてもらおうか!」
伏見が握りこぶしを振り上げた。躊躇なく分身君の頭をぶん殴った。
ぐしゃっと弾ける分身君の頭。分身君の中身はスライムなんよ。だからべしゃってスプラッターになっちゃった。でも色が紫だからわかるはず。
「は?」
「きゃぁぁぁっ!!」
「あああああたまが!!」
「伏見さん、やべえよ!」
「人殺しだぁぁ!!」
「おいおいおいおい……」
呆然とする伏見。悲鳴を上げるハンターたち。声も出ないギルド職員さんたち。
そして何もなかったかのように再生して佇む分身君。ニッコリ笑顔だ。
すげえホラー。
「あ、あれ、頭が戻った???」
「なにが起こった?」
「ば、バケモンだ!」
失敬な。俺は普通の人間だぞ?
「な、なにもんだテメェ!」
足をガタガタ震わせる伏見が叫んだ。あろうことか剣を抜いて分身君に斬りかかった。
ズシャッと斜めに斬られて崩れていく分身君。すぐに元通りに。
そしてにっこり笑顔。
「クソ! なんだテメェは! なんなんだよぉぉぉ!」
伏見が剣をやたらめったら振り回して分身君を切り刻んでいく。
でもそのたびに復活して笑顔の俺、の分身君。
「はぁ、はぁ、はぁ、に、人間じゃねえ! バ、バケモンだ!」
お前に言われたくないぞ。モラルなし人間め。
「魔物じゃねえか!」
「魔物!?」
「作務衣は魔物だったのか!」
「わけのわかんねースキル使うしよ、おかしいと思ってたぜ!」
「魔物だぁぁ!」
ちげーし。
悲鳴と怒号で埋め尽くされた待機場は阿鼻叫喚だ。
「守。なんかすごいことになってるけど?」
智のジト目が痛い。グサグサ刺さるよう。
やらかしちゃったっぽい?
「ま、守さん!」
「てめぇら!」
「クソがぁ!」
あ、着替え終えた【Aチーム】が見ちゃった。で、剣を片手に突っ込んでいく。
やべえ。殺りくになっちゃう。
「タァァァイム!!」
立ち上がってカウンターを飛び越えた。【師走】で分身君の元へ駆ける。
「はいはい、それは俺のスキルで創った分身なので、スライムだよ!」
「スライム?」
「作務衣って、スライムだったのか!」
「ちげーし! 俺は普通の人間だし!」
違う方向に騒ぎ始めちゃった。くそぅ、信じてもらえない……。
俺の業かこれ。
「普通?」
「守さんを普通とは言わねーよな」
「そこのAチーム、それ風評被害!」
主に俺の。泣いちゃうぞ?
「冗談すよ」
「【化身】スキルですよねそれ」
「うう、ありがとう。嬉しくて泣きそうだよ」
この子たちは大切にしよう。ともかく、元凶になってしまった分身君を戻そう。
「分身君、戻って」
俺の言葉に分身君が手を挙げて、そして消えた。
「はぁ、なんだか疲れちゃったな……」
「テメェ、本当に人間か?」
伏見にすごまれた。おめーのせいで疲れてんだよこっちは。
「失敬な、人間だぞ?」
お礼に圧をかけてやった。あいつが数歩後ずさった。
「クッ、やっぱ人間じゃねえ!」
「この程度で人外扱いは世間を知らなすぎるぞ」
修羅場を経験してないな、この軟弱者め。
師匠に会わせるぞ?
「守さんの人外基準が師匠なんだろうな」
「合ってはいるけどさ」
「守さんも十分人外だぜ」
「ちょっとブルったもんな」
「大丈夫、漏らしてねえ」
またも身内から風評被害だ。
「や、やんのか! やんのか!?」
すっかり腰が引けちゃってる伏見。猫の【やんのかステップ】みたいだ。こっちのやる気もなくなっちゃうよ。
「俺としては片をつけられればいいだけです。ただ、うちの子たちへの仕打ちはきっちり返しますよ?」
金剛杖を取り出して床に突き刺した。ガスガスガスと5本くらい追加してやった。
「テメェ、坊主のくせに暴力をふるうのか?」
伏見がニヤついた。浅はかな奴が考えそうなことだ。
「あんたは有名なあの寺のバカ息子ですよね? 不動明王の名前くらい、当然、お知りですよね。お知りでない?」
ちょこっと首をかしげる。
煽るなら慇懃かつ無礼に。
「不動明王だぁ? 名前くらいは知ってるが?」
「寺の息子でそれですか。おごった寺の息子にふさわしいですね」
「んだゴルァ!」
お、ちょっとは元気になってきたな。よしよし。
「不動明王というのは大日如来の化身とされ、仏法に従わぬものを脅したり、仏法への敵対行為を力づくで止めたり、外道に進もうとするものを内道に戻すなど、武を厭わない明王です。あらゆる衆生を力づくでも救うため、戦う姿をしているんですよ」
「……ハッ、坊主が暴力を認めるのかよ」
伏見がタバコと一緒に吐き捨てた。
ふふ、仏教はそんな甘い教えじゃないぞ。
「暴力とは暴れる力。力とは制御された武です。力なき正義が無力なのと同じように、力なき救済は無力です。そしてその力は明王が行使することで制御されます。貴殿のようにただ力を暴れさせるわけではないのです。貴殿のように外道へ進む衆生を正すのも仏の道」
合掌すると伏見の顔がゆがむ。
「やれるもんならやってみな!」
「【鎮魂の鐘】」
待機場にカーンという軽い鐘の音が響くと、伏見含む【ベヒモス】全員が倒れた。
不動明王の下りで守が「当然、お知りですよね。お知りでない?」と言わせたのは、慇懃で極めて無礼に(思いっきりバカに)しているからであり、普通は「ご存じない?」ではあります。




