59.奈良斑鳩ダンジョン日記⑪
このお話はあくまでフィクションです。現実の寺と似ている部分があってもそれはフィクションです。
防衛大臣とお話し合いをしたその夕方に千葉を出て新幹線に乗った。作務衣だとばれるのでジーンズにTシャツで一般人に変装してる。
いや俺は一般人だった。毒されてきてるなぁ。
「ん、父さんからメールだ。リンク先を見ろって?」
メールにアドレスが書いてあった。どここれと思ったら某高野山やないかーい。
某高野山って言ったら平安時代はじめに弘法大師によって開かれた真言密教の聖地【金剛峯寺】。密教系の総本山ぞ。
密教ってのはさ、昔の漫画であったように印を組んでバトルしたりするわけじゃないけど、修業による悟りへの道を説く宗派で、俺が信奉する大乗仏教とはちょっと違うんだ。修験者とか山伏なんかはここにカテゴライズされる感じ。求道者もそうかな。
少なくとも、俺みたいな煩悩まみれが入っていいとこじゃない。
さて、スマホでアクセスして見てみる。
「…………京都の某寺にできたダンジョンに関しての見解」
おっと、なんだなんだ。うちへの苦情だろうか。やだなぁ。
「高野山は、寺を訪れる参拝者の数や歴史をもって他寺院を下に見る風潮へ断固として反対する?」
おっと、結構な強い言葉で非難してるぞ?
いいのか、超有名な寺がこんなこと言って。
「寺の門前にダンジョンができたことは仏さまによる警告ではないのか。襟を正すべきはどちらなのか。道をそれたそこに仏さまはいらっしゃらない。仏教の教義とは何かを再考すべきだ」
うちへの援護射撃じゃん。ぶっちゃけちゃってるけど大丈夫なのかな。
調べたら、日本各地のいくつかの古い寺からも同じような声明が出てた。ありがたいことだ。
そんなことをしてれば京都に着いた。20時ちょいすぎ。暗がりで【飛翔】の魔法で空へ。飛べば現地はすぐだ。
「前回と同じような時間に着いたけど」
違うのは警備だ。ダンジョンの上空に来てるけど、警察官が10人くらいいる。ダンジョンの階段付近は避けて、少し遠巻きにしてる。魔物があふれたときに真っ先に襲われちゃうからかな。
「あそこに降りちゃ怒られるな」
ということで、持ってきたのは釣り糸。透明で丈夫で遠くからは見えない糸だ。
収納から取り出してするするっと垂らしていく。警察官は全然気が付かない。
ダンジョンの階段に触れた瞬間に即収納。素早く巻き取って収納。
「お、おい、ダンジョンがないぞ!」
「消えた!?」
「危ない、急に近づくな! ゆっくりだ!」
「なくなるのは助かるな」
「同感だけど、それは後で言おうぜ」
警察官が騒ぎ始めた。警戒してるのか、すぐには近寄らない。
巻き込まれた彼らの本音も聞けて良かった。ダンジョンなんてない方が良いのは俺も同意だ。
上を見られるとだから面倒だから、下がざわついてる隙にはいさようならー。
「さて、奈良に行くかな」
とんぼ返りもできたけど奈良で一泊は許されたんだよね。みなの様子も気になってたし。決して、寺を見たいわけじゃないぞ。
ということで、京都御苑の暗がりに降りて地下鉄へ。奈良へ電車でGOー。
「京都と奈良って結構離れてるんだね」
電車に揺られながらそんなことを思ったよ。俺のイメージではすぐ隣だったもん。地図を見なかった俺が悪いんだけど。
奈良駅近くの適当なホテルに泊まった。いきなり行くことになったから選ぶ余裕がなくってさ。智が泊ってるホテルも考えたけど俺が行って邪魔するのもなーって。俺が来てるのは知らせてないしさ。ではおやすみなさい。
ぐっすり寝たら、起きるのは5時だ。もう体が覚えちゃてってどこにいても5時に目が覚める。
朝食はキャンセルしてチェックアウトして電車に乗って法隆寺へ向かった。
『あいつらに思い知らせて来い!』
「……あぁ?」
伏見は父親からの電話でたたき起こされた。昨晩、ダンジョンがなくなったことでクランの面々と呑み、遅くまで騒いでいたのだ。深酒の影響で質の悪い眠りもあり、不機嫌な伏見は低い声で応対する。
『生意気な弱小寺がつけあがる前にあの餓鬼どもを叩きのめせ!』
「……何が何だかわかんねーんだが?」
寝起きで訳の分からないわめきを聴けば、相手が父親と言えどこんな態度に出る。
『高野山があの寺に味方したんだ! 他にも有力な寺社がわれらを非難しておるのだ!』
まぁ褒められたことはしてねえしなと伏見は思うが声には出さない。
『さっさと奈良へ行ってこい!』
「あーわかったわかった」
『なんだその態度は! 今まで散々かばってやっ』
面倒くさくなった伏見は通話を切った。
「朝っぱらからうっせーな。俺らに嫌がらせさせてたくせによ」
伏見はがりがり頭をかいた。伏見の父は伏見たちを使って意に沿わない者への嫌がらせをさせていたのだ。
持ちつもたれつだったのだが、父はそう思っていなかったようだ。使い勝手のいいコマくらいの感覚だったのだろう。
「俺らは使い捨ての駒かよ。ったく反吐が出るな。そろそろ潮時か?」
伏見は自分の酒臭い体臭をかぎ、口を曲げた。
「ちったぁ身綺麗にするか」
伏見は立ち上がり、シャワーのために浴室へ向かった。
「ふわむむむぅ」
智はあくびをかみ殺しながらレストランへ向かう。小脇には半分寝ている寝間着姿の京子を抱えていた。横を歩く美奈子は寝ぼけ眼の葉子を抱えている。周囲から視線を浴びるが気にする余裕はない。すでに7時を回っており、集合時間に遅刻しかねない。
「ふたりとも、毎日毎日よく寝るわね」
「成長期なのよ、きっと」
レストランに入ればすでに獄楽寺の仲間が朝食をとっていた。
「おはー」
「みんなおはー」
「おはー」
「おっす」
「また京子と葉子が抱えられてる」
「佐倉さんおはようございます。ニュースを見ましたか?」
挨拶していると、成田に聞かれた。智が小さく首を横に振る。
起き抜けでニュースはチェックしていない。それにお寝坊の世話もあって時間的余裕はない。食事の前の簡単なお化粧は絶対なのだ。
「京都のあのダンジョンが消えたみたいです」
「は?」
驚いた拍子に京子を落としてしまった。顔から床に落ちた京子が「んぎゃ」と悲鳴を上げる。
「警備の警察の目の前で消えたそうです」
レストランのテレビのニュースでは、防犯カメラに録画された、突然ダンジョンが消滅した瞬間の映像が繰り返し流れている。消えた後の警察官が集まる様子も映っている。だが、ハンターの姿はない。もし踏破だとすれば、誰かが出てくるはずだ。
周囲は念のためまだ立ち入り禁止にしているそう。
「何か聞いてますか?」
「なんも」
智はまた首を横に振る。だが間違いなく守の仕業とわかった。
来たんなら連絡くれたっていいじゃん! あたしは奥さんだぞ!
と心の中ではオコである。
守が奈良駅周辺に泊まっており、既に法隆寺方面へ行ったことなど知らない。
「帰ったらとっちめて寝かさないんだから」
「智、心の声が駄々洩れよ」
呆れ顔の美奈子に突っ込まれていた。




