59.奈良斑鳩ダンジョン日記⑩
このお話はあくまでフィクションです。現実の寺と似ている部分があってもそれはフィクションです。
『やったのはお前たちだろう!』
朝っぱらから電話が鳴ったと思えば、京都のあの寺から怒鳴られてる。
「何のことでしょう?」
主語がないんですが?
『ダンジョンを置くなんて、なんて罰当たりなことを! 貴様それでも寺の坊主か!』
あまりに音量が大きいので受話器を離してても聞こえる。近所迷惑にならなきゃいーなー
「言いがかりはやめていただきたいですね。なんでうちなんです?」
『調べたぞ! おまえらの寺にはダンジョンがたくさんあるらしいじゃないか!』
「当寺にはダンジョンは複数ありますがそれが何か?」
『そのうちのひとつを寺の前においたんだろう!』
「はぁ、なんでダンジョンを、わざわざ京都に置く必要があるんですか? うちは千葉にあるんですよ?」
『お前がやったに違いない! 【東金】なんて地名は千葉にしかないんだぞ!』
「妄想にお付き合いする時間はないんですけど」
『なんだと貴様! 私を誰だと思って!』
「知らないですけど」
『室町幕府が建立した歴史ある寺だぞ!』
「うちはもっと古い平安時代からある寺ですけど」
なお、その寺は室町時代に建立された、比較的新しい寺だ。もっと古い寺はたくさんあるぞ。そんなことでマウント取ろうとするなんて、みみっちいなぁ。
『ゆるさん! ゆるさんからなぁ!』
電話が切れた。
「朝から騒がしいのぅ」
父さんがのそっと顔を覗かせた。
「父さん、京都のあの寺からだったよ」
「あぁ、あの生臭どもか……」
「知ってるの?」
「若い時は全国を行脚をしていてな。まぁ京都も一通りの寺を回ったが、門前払いを食らった唯一の寺じゃったよ」
「うわぁ……」
行脚とは、僧侶が修行のために徒歩で諸国をめぐる行為だ。托鉢で旅費をまかなったりと大変なんだ。
行脚の僧を門前払いて。修行を否定する行為だ。理解できない。
「歴史にしか寄りかかれない寺などそんなもんじゃて。おっと幼稚園のお迎えの時間じゃ」
「安全運転でねー」
「うむ、行ってくる」
父さんを見送った。さて俺はどうするかな。相談すべ。
「くそ、なんで俺様がこんな目に!」
凍える雪原のど真ん中で伏見が叫んだ。彼は父に命ぜられ【東金ダンジョン】に入っていた。もちろん【ベヒモス】のハンターと一緒にだ。
「寒すぎる!」
「冬用の服なんてしまっちまってるぞ」
仲間のハンターからは悲鳴が上がる。そう、世間は6月だが【東金ダンジョン】は真冬なのだ。
雪が溶けない気温なので、当然氷点下。そこに6月の服装で挑めばこうなる。
京都の6月は、最低気温が20度になるくらいは暖かい。日中などは暑いくらいだ。
そのため、半そでだった伏見らは1階に入った途端、こうなってしまっていた。
「伏見さん、一回出ましょうや!」
「寒さ対策しねーと先に進めないっすよ!」
「う、うるせぇ! すぐに戻ったんじゃ恥さらしだろうが!」
伏見が怒鳴る。
立ち入り禁止なはずのダンジョン入っているのは、ひとえに彼の父親が権力を使って警察に圧力をかけ強引にことを勧めたからである。そんな状況なのに準備不足で入ってすぐに戻っては恥さらしだ。
「だだだめだ、死んじまう!」
「手、手が凍る」
「もう限界だぁぁ!」
【ベヒモス】のハンターらが我先にと階段を上がっていく。
「おいこら待て!」
逃げていく背中に怒鳴る伏見だが、彼の顔にも霜がおりている。吐く息に含まれる水分が凍っているのだ。
体もシバリングを起こし、顎も意思とは無関係にガタガタ震えている。シバリングとは身体がガタガタと震える生理的な現象である。体温を上げるための本能的な現象だ。
「くそぉぉぉぉ!」
伏見も限界を悟り、階段を駆け上がった。
むわっとした熱にくるまれ、伏見は安どの息を漏らす。先に出たハンターらは地面にへたり込んでいた。
「お早いお帰りで」
声をかけてきたのはガタイの良い警察官だ。京都府警察本部機動隊隊長で階級は真ん中の警視だ。皮肉っぽく片方の口をあげた笑みで出迎えた。伏見の父の圧力で仕方なく立ち会っているのだ。
「環境が悪すぎる。準備をしてからまた入る」
「それですが、少々まずいことになってまして」
機動隊の隊長は指を1本立てて上を見た。つられて見た伏見の目には、ホバリングしている報道ヘリが入る。カメラがこちらを向いていた。
「報道ヘリに見つかってしまいまして、総理大臣閣下から直接撤収命令を受けてしまいました」
「……それがどうした?」
「我々の手に負える段階ではなくなってしまったということです」
「なんだと?」
「防衛省の特殊部隊による内部調査が決定されましたので、ダンジョンは立ち入り禁止となりました」
「なにぃ!」
伏見が立ち上がり、彼の胸ぐらをつかもうとしたが手で払われた。
「相手が悪すぎましたな。おかげで私も降格だ」
隊長は踵を返して去っていった。
「やぁやぁ、急に申し訳ないね」
寺に訓練で来ている自衛隊の特殊部隊に混ざって、防衛大臣の厳島玄朗さんが来た。
相変わらず白髪な筋肉がスーツを着てるような人だ。
「偉い人が気軽に来ないでいただきたいんですけど」
「いやぁ、京都の件で総理から「お前なんとかしろ」って言われちゃってさぁ。あれ、君でしょ?」
「……今日もいい天気ですねぇ。立ち話もなんですし、中へどうぞ」
うーん、バレテール?
母屋でお話し合いだ。みなもいないしね。
寺側は俺と瀬奈さん。京香さんは産婦人科に行って不在だ。お茶と茶請けのヨモギ餅を出す。
「守くんの妻兼ギルド職員の瀬奈でーす」
「防衛大臣の厳島です。はっはっは、美人さんばかりで男としてうらやましいな」
「大臣もロマンス・マッチョって感じで素敵ですわー」
「うーむ、防衛省に来ないかい?」
「守くんのそばがいーですー」
お約束ともいえるコントありがとうございます。
「【飛翔】の魔法書、ありがとう。数年後に一度に来るよりも一定数がコンスタントに来た方が訓練も進んで助かるよ」
「いえ、契約ですし」
その分しっかりお金はもらってるしね。
ここまでがあいさつだ。
「さっそく本題に入ろう。京都のあれだが、何とかなるかい?」
「どうにでもなります。あのダンジョンにはダンジョンボスはいないし、現状で魔物は出してませんから、中は空っぽです」
「ほう、そんな器用なことができるんだね」
「雪原ダンジョンですごく寒いので入らない方がいいですよ」
「はっはっは、真夏に入りたいところだね」
厳島大臣がずずっとお茶をすすってほぅっと息を吐いてにんまりした。うまそうに飲むなこの人。人たらしだ。
「ということは、スタンピードの心配はないと」
「危険なダンジョンを放置はしませんよ」
「便利だなぁ。守君も自衛隊に来ないかい?」
「いえいえ、俺はこの寺を継ぐ予定なので」
なんでこの人は会う人会う人ヘッドハンティングしてくるのか。
「話を戻そうか。警察に圧力をかけて京都のあのダンジョンに無断で入ったやつがいてね。総理経由で締め出してもらったんだけどね」
「無断で……【ベヒモス】のやつらですかね」
「そんな名前だったかな。ま、無法者の名前などどうでもいいんだ。ただ、ダンジョンの入り口が公道でね。ギルドを構えるにしても大学やら寺やらばかりで区画整理ができない土地でさ」
まぁ上空から見てもそうだったしね。
「じゃあ撤去しに行きますよ」
ということになった。




