59.奈良斑鳩ダンジョン日記⑥
このお話はあくまでフィクションです。現実の寺と似ている部分があってもそれはフィクションです。
翌日朝9時。奈良斑鳩ギルドに獄楽寺一行が集まっていた。
すでに柔軟体操は済ませており、準備は万端だ。
昨日のダンジョンでは、獄楽寺一行が活動している10階以降にクラン【ベヒモス】は現れなかった。おそらくレベルが足りず10階までもこれなかったのだろう。
「今日も18階ね」
「19階は行かねーのー?」
智の宣言に京子が食いつく。
「間違って20階に行っちゃいそうだから18階ね」
「えーーー」
「増長しない!」
「うぅぅぅぅー」
智に食い下がる京子だがピシャっと言われてしまい、反論できなくなっている。
そんな智と京子のやり取りを忌々しい目で見つめている若い男たちがいる。待合場にはクラン【ベヒモス】のハンター20人ほどが屯っていた。憎しみがこもった視線で獄楽寺のハンターたちを睨んでいる。
「チッ、アイツらのんきなもんだぜ」
「おもちゃの武器しかねえくせに生意気だよな」
「まぁそういうな。今日はクランリーダーたる俺様が来てるんだ」
「伏見さんがいれば安心っす!」
伏見という、黒髪ロン毛でライダースを着ている20代の男がタバコをふかしている。なお、待合場は禁煙だ。
ほかの地元ハンターが遠巻きにしているので彼らは煙たがられているようだ。違反行為や成金趣味でアクセをじゃらじゃらと見せつけていればそうなるだろう。
智もそれには気が付いているが、それとは別なおかしな集団にも視線をやった。
「向こうにも変なのがいるし、奈良って変なのが多いの?」
智がぼやく。
【ベヒモス】の反対側には黒い法衣姿の男たちの集団がいる。彼らは【ベヒモス】を睨んでおり、こっちはこっちで揉めているようだ。
「なんでもいいけどさ、うちに絡まないでほしいわね」
智のつぶやきに皆が頷いた。
「行くぞ!」
「「「「おー!」」」」
一行はダンジョンへ。美奈子は今日もPC当番でカウンターのお姉さんのところにいる。今日のお茶請けは銚子せんべいだ。
「あんたちもついて無いねぇ」
「【ベヒモス】に絡まれてるからですか?」
「いやいや、【ベヒモス】と【平城京の武蔵坊】の諍いに巻き込まれそうだからさ」
「なんですかそれ?」
「まー千葉から来たんなら知らないか。あのね——」
クラン【ベヒモス】は京都の仏教会の偉い僧侶のボンボンの集まりで、クラン【平城京の武蔵坊】は奈良の仏閣の僧兵で原理主義者の集団。先ほどいた黒い法衣の集団がそうらしい。
成金生臭と原理主義という、相容れない集団同士だった。
奈良、京都は日本での仏教の聖地ともいえる地域だが仲が良いわけではない。しかも寺の上級僧侶たちは貴族のようにふるまいやりたい放題だったりもする。
お互い争っているのは何も仏教だけではなく、ダンジョンにおいてもそうなのだ。
「あのふたつのクランは、奈良と京都でいがみ合ってってね。親が権力を持ってるから始末が悪くってさー。誰も仲裁ができないのさ」
「ヤクザ傘下の暴走族っ同士の抗争みたいですね」
「まさにそうさ。お坊さんが武器をもって争うなんて、平安時代じゃないんだし、時代錯誤もいいところさ。本当に迷惑だよ」
お姉さんが吐き捨てる。ダンジョンを管理するギルドとしては、好き勝手にふるまう荒くれ者はいい迷惑だ。
『よーし、フロアボスクリアー』
『さすがに慣れたね』
『気を抜くなよー、これからが今日のお仕事だぞー』
『それな』
PCからはそんな声が聞こえた。もう10階を突破したらしい。
ちなみに今日は【カチューシャ】が倒していた。
——女の子がすげーな
——この子たちも有望株か
そんなコメントが流れていく。
『こっからは別行動な』
『油断すんなよ』
お互いに戒めあいながら各パーティに別れていった。
そんな彼らを追いかけるように【ベヒモス】の伏見らが11階に姿を現した。獄楽寺一行はすでに散っており、誰もそれには気が付いていない。
「さて追いついたぜ」
「あいつら、おもちゃの武器でよくやるぜ」
「あほ。本当におもちゃならストンベアゴーレムは斬れねえ。大剣はともかく、片手で軽々斬ってたのは事実だろう?」
「伏見さん、そうなんすか?」
伏見らは、カチューシャが倒したのをこっそり見ていたのだ。先入観で判断しなかった伏見はまだまともといえる。
「でもこの剣だって!」
「あぁわかってる。金をかけた1級品だ。あの剣にだって劣らねーさ」
足りないのはレベルだがな、と伏見は心でぼやいていた。
クラン【ベヒモス】は伏見のワンマンクランでイエスマンが多く、ハンターとしては弱い。強いと言えるのはリーダーの伏見とサブリーダのふたりくらいだった。
そこそこ稼いでその金で遊ぶ。これが【ベヒモス】のすべてだ。別に強さを求めてはいない。
だが、少々目につきすぎた。特に今回は獄楽寺という千葉の田舎の弱小寺のハンターたちがゴーレムをものともしないことで、相対的に自分たちの価値が下がっているのだ。
「先輩ハンターとして、ちょっと教育をしてやらないとな」
伏見がニヤリと笑った。
今日の【カチューシャ】は11階を担当する。
【カチューシャ】は昭島、立川、三鷹、羽村、青梅の女子5人組だ。モブ度はポニーよりも強く、5人とも普通の顔で普通の体つきだ。11階に面倒そうな【ベヒモス】はいなかったのでポニーとは別行動だ。
「はー、ちょっと不安ー」
立川がぼやいた。昨日は【ポニー】と一緒に行動していたが今日は5人だけだ。胸の奥から不安が顔を覗かせる。
「あの【ベヒモス】てやつら、悪い顔してたね」
三鷹がうんざりした顔になる。大宮で悪い男たちに絡まれた記憶がよぎっているのだ。
5人は大宮ダンジョンで、強引に一緒に行動しようとする若い男8人組に絡まれていた。人数でも負けていて、かつレベルもどっこいだったので押し切られそうだったが、たまたま大宮にいたポニーの4人が割って入って事なきを得ていた。
「足立がカッコよかったなー」
「それねー」
彼氏が欲しい足立だが女子にもてそうだった。
ちょっと空気が緩んだその時、遠くから駆けてくるハンターらの姿に気が付いた。
「おら危ねえぞ!」
「邪魔だ邪魔だ!」
ハンターらが【カチューシャ】の横を通り過ぎた。そのあとには地面をどすどす言わせたクレイゴーレムやストーンゴーレムが5体続いている。
別方向からもハンターが走ってきて、そのあとにゴーレム5体が現れた。
「うそでしょ!」
「10体も!」
【カチューシャ】の5人が絶叫する。ハンターらのトレイン行為でストンゴーレム等10体を擦り付けられたのだ。
トレイン行為とは、魔物を引き付けたまま見知らぬハンターにその魔物をぶち当てる行為で、法的な規制はないが常識としてやらない迷惑行為だ。
——おいおい、やべーんじゃね?
——トレイン行為だろこれ
配信の視聴者が気が付く。そして当然ながら配信を見ていた美奈子や寺の瀬奈も気が付いていた。
『羽村は【カース】で動きを鈍らせて。みんな武器を構える。一番近い【リーダーズ】は11階に急行して』
美奈子から指示が飛ぶ。【カチューシャ】にも一通りの魔法は覚えさせており、【カース】を覚えているのが羽村だった。【リーダーズ】は12階にいた。
「わわわわわ、【カース】!」
羽村の【カース】でゴーレムの動きが緩慢になった。残りの4人が剣を構える。
「よよよっし、こーい!」
「うりゃぁぁ!」
「落ち着け、落ち着けわたしぃぃ!」
「男なんて、きらいだぁぁ!」
4人が同時にゴーレムに斬りかかった。




