59.奈良斑鳩ダンジョン日記③
このお話はあくまでフィクションです。現実の寺と似ている部分があってもそれはフィクションです。
そのころの寺では、すっかり静かになってしまった寮の食堂に大人たちが集まっていた。食後の団欒ともいう。
父さんに俺、瀬奈さん京香さんに葉介さんに北国分さんと涼子さんだ。師匠は、少し離れた場所でかごに入ってぐっすりおネムの響と標をしげしげと見つめてる。
いつもは賑やかな食堂も今日は冷蔵庫の音が聞こえるくらい静かだ。空間が大きいだけに寂しさもひとしおだ。
「今日は静かだな」
父さんがつぶやく。
「みんなで行っちゃったからねぇ。俺も奈良に行きたかった……」
「守くんは寺観光三昧になっちゃいそうだからお留守番でちょうどいーのよー」
「行ける機会は必ずあります」
俺の愚痴に釘と希望が差し込まれた。
「京子まですまないねぇ」
「京子ちゃんはもうクランの一員ですから」
「ようちゃんとも仲良くしてもらって、ありがたいです」
「いやいや、京子と気が合う子がいて助かってるのはこっちさ。あの子は私が全然見れてなくって、幼さが消えなくってね。クラスでもだいぶ浮いてたんだよ」
葉介さんと涼子さんがぺこぺこしてる。あの金髪ペアはいいコンビよね。
「少し前までは守とふたりだけだった。この人数がいればにぎやかだと思っていたが、慣れとは怖いもんだな」
父さんが茶をすする。俺もそうだな。すっかりにぎやかさに慣れちゃって、いまさら父さんとふたりっきりには戻れない。贅沢なんだろうな、これも。
「あと少しでもうひとり増えます」
京香さんがお腹をさする。予定では初夏あたりに出産となってる。あとひと月ちょっとしかない。つまり、いつ生まれてもおかしくないんだ。【安産のお守り】はすでに渡してある。
「来週には帰って来るしって、着信だ」
スマホが震えたので見てみれば、智からだった。ビデオ通話を要望なので食堂のモニターと同期させる。カメラはスマホのだけど。
京香さんがぱぱっと設定して通話を開始する。
モニターに映ったのは、ホテルの部屋にいる智ら4人の姿だった。ベッドがふたつ見えるのでツインの部屋に集まっているんだろう。すでに部屋着なのでもう風呂上りっぽいね。
『おつかれさまー』
『オツー』
『オレだぜ!』
『お疲れ様です。師匠は、いないっぽいですね』
4人とも元気なようで一安心だ。美奈子ちゃんの声が聞こえたからか師匠がそそそっと近寄って来た。
「おつかれー」
「師匠はそこにって、いつの間に」
「京子、あいさつはきちんとおし!」
「ようちゃんもだよ。挨拶は大事なんだから」
お叱りが入ってしまった。
「まぁまぁ。皆は無事ですかな?」
『無事ダゼ!』
『無事だぜ!』
「それは重畳じゃな」
父さんが様子を聴けば、金髪コンビが元気に答える。大丈夫そうだね。
「ダンジョンはどうでしたか?」
『15階を超えなければみんなでも魔物は問題ないかなー。ドロップは、確かに宝石は落ちるけど、まず緑の石が落ちてこないのよねー』
『10階のフロアボスを10回倒してこれです』
美奈子ちゃんがテーブルの上にじゃらじゃら宝石らしきものを転がす。ざっと20個はあるかな。
赤青黄色。信号機じゃないけど、緑がない。透明なのもオレンジもあるのにねぇ。
『受付で鑑定してもらえるんです。有料ですけど』
『サファイヤがあったゾ』
『か-ちゃん、ルビーもあったぜ!』
笑顔の葉子ちゃんと京子ちゃんがそれぞれ石を指で持ってカメラに寄せてくる。嬉しくって見せたいんだろうなぁ。原石だから多少雑に扱ってもいいらしい。
『今日は全員で調査してたので、明日からは全員10階以降に行って、倒しまくります』
『ヤルゼー!』
『やるぜー!』
「美奈子、無理するなよ」
『師匠に宝石持ち帰ります!』
「俺はいらんぞ」
零士くん、そこは「おう」とでも返そうぜ。まあ、俺も言われても困っちゃうけどさ。
『ギルドの外にアクセサリー工房がいくつかあって、そこでドロップした宝石の加工もできる感じだったよ』
智が物欲しそうにそんなことを言う。そういえば、ペリドットからは魔封じのネックレスができるけど、ほかの宝石はどうなんだろう。欲張ってもよくないか。
『千葉と品川が中にはいってたゾ』
なるほど、それを見たのか。
カップルなら、まぁ入るよね。しかも自分たちで取ってきた宝石なら思い出にもなるし。
『オレもかーちゃんに何かつくりてーぜ』
「かーちゃんはいいから。気持ちだけ受けとっとくよ」
『えー、なんか作ろーよー!』
女の子なら宝石が手に入ったらアクセサリーを作ってみたくなるよね。男子は違うだろうけど。
「好きに作ってもいいけど、1種類ずつくらいは持ち帰ってきてね」
煽ると無茶しそうだし、これくらいがいいでしょ。
翌日。今日は快晴だ。
朝のダンジョン掃除とひと通りの家事を終わらせて「お茶うめー」とのんびりしてたら檀家さんのおじいさんが寺を訪ねてきた。なんでも、庭に見慣れない階段があったから見てくれないかとのこと。
イヤな予感しかしねえ。
「見慣れない階段というと、石の階段だったりします?」
「あー、そう言われれば。木ではなかったなー」
ビンゴだこれ。
「すぐに行きます」
京香さんにメールだけ送っておじいさん宅へ向かう。
おじいさんの家は隣の区画なので、常識的な速度で走って3分だ。
「先に行ってますね」
おじいさんにはあとから来てもらう。
おじいさんの家の敷地を囲う生垣の隙間のような門から庭に入れば、土くれの場所に見慣れた石造りの階段があった。誰かが踏破したダンジョンができちゃった感じか。困ったもんだなぁ。
近くには不安顔のおばあちゃんがいる。お年寄りのふたり暮らしでこんなの見たら不安になるよな。
「こんにちはー、獄楽寺の坂場でーす」
「おや守ちゃん、これって何かねぇ」
「ダンジョンの入り口なんですよー」
あくまでのんびりと。大変だなんて空気は出さない。ダンジョンなんて知らないで生活しててほしい。
「あらまぁ、これがダンジョンなんだねぇ」
「誰も入ってないですかー?」
「おれもじさまも入ってないだねぇ」
よかった。誰も入ってないな。魔物があふれた様子もないし、今のうちに収納してしまえ。
「おばあちゃん、今からこれをどかしちゃうんで、ちょっと離れといてもらえますー?」
「はいはい」
収納から金剛杖を取り出して階段に突きつける。【収納】と念じれば階段が消えた。土くれのほかには雑草くらいしかない。
【収納:東金ダンジョン】
東金ダンジョンかー。命名規則は大きな土地のくくりなのかな。さっさと所有してしまう。
「おやおや、消えちゃったねぇ」
「うちはこーゆーの得意な寺なんですよー」
「ほー、お寺さんも手広くやっとるねえ」
「うちみたいな小さな寺は生き残るのも大変ですから」
おばあちゃんと話をしてたらおじいさんの姿が見えた。80歳超えてるからのんびりでいいんだよ。
「階段は撤去しときましたー」
「おー、そんなことができるんかー」
「守ちゃん、お茶でも飲んできー」
「びわがあるでなー」
「ごちそうになります!」
御呼ばれした。都会は知らないけど、田舎だとご近所づきあいって大事なんよ。不便だから助け合いがベースにあってさ、村八分にされるとマジでやばいのよ。自治体からのお知らせは教えてもらえないし、個人商店だと売ってもらえなかったりするし。言葉以上に社会的に殺される。
お茶とびわをいただいて寺に戻った。




