56.クラン獄楽寺②
「せっかくこれだけの人数なんだし、なんかクランのマークみたいの考えようぜ」
話し合いが終わったころ、野田君がそんなことを言い出した。
「俺らがどこ所属だって一発でわかる感じの」
「あー、ピンバッジみたいの?」
「いーんじゃね? 守さんがクランを作ったのってのはまだ弱い俺らの保護だって聞いてるしな」
おっと、ちょっと違うぞ。
「みんなはちゃんと強いんだけど、世の中には悪い人がいっぱいいて、みんなの強さを利用しようと近づいてくるから、それに慣れるまででいいからね?」
「……よーし、考えようぜ!」
「それな!」
おうふ、スルーされた。ずっといてもいいんだけどさ。助かるし。
でもワッペンというか、そんなのはいいねぇ。
「これに意見を書こうよ」
智がデジタルホワイトボードとペンを持ってきた。智もやる気だな。
「どんなデザインが良いかなー」
「獄楽寺だしねぇ」
「寺かー」
ホワイトボードを囲んでわいわい相談してて楽しそうだから水はさせないな。
「地図で寺って『卍』になってるじゃん。こんな感じはどう?」
「でもそれってナチスだっけ、あんまし良くねーんじゃねーの」
「良くないものを地図で使うもん?」
「そーかー」
「守、どうなの?」
智が俺に振ったからみなの視線がこっちに向いた。一斉に向かれるとぎょっとしちゃう。
よし、ご説明差し上げよう。
「【卍】という文字は、サンスクリット語のスヴァスティカと呼ばれていて、『幸福』や『幸せ』って意味があるんだ」
「幸せ……前に聞いたことがあるわね」
智が可愛く首をかしげる。ちょっとそのままで。写真撮るからってあー動かないで―。
「バカやってないで話の続き」
「ハイ……仏教は幸せの探求だからね。寺が【卍】を使うのは当たり前のことなんだ」
「へー、そんな意味があったんだ」
「ドイツのは鍵十字の反対向きだし別物ってことか」
んー、そうでもないんだよね。
「昔にね、ハーケンクロイツに似ててけしからんとかって言われたことがあって地図のマークを変えようかって動きもあったけど、寺関係者からの頑強な反対にあって、いまも使われてるっていきさつがあってね」
「へー、やっぱ別物なんすね」
「向きが逆なだけで、仏教においても右向きの卍は意味があるよ」
「そうなの?」
「まじ?」
「えぇぇ!?」
おっと動揺してるな。デジタルホワイトボードにふたつの文字を描く。
「そもそも、左向きの卍が【和】、右向きの卍が【力】の源とされててね。ナチスドイツが右向きの卍を『アーリア系の象徴』として使って、大戦後にキリスト教圏では忌子扱いされちゃってるだけで、仏教からするとキリスト教圏から喧嘩売られてるのと同じだからね」
おどれらうちのシマで何してくれてんねんって感じさ。
「まぁ喧嘩なんかしないであっちを吸収しちゃうけど。仏教は【和】の歴史でもあるからね」
宗派で仲が悪かったりするけどそこはそれ。
「じゃあ卍はマストだな」
「その上に獄楽って文字は?」
「じゃあ、こんなんどうだ」
新しく来た湖北君がさらさらっと絵を描いた。実は彼、絵がうまい。
「お、イラストか!」
「それもしかしたら閻魔大王か?」
「守さんがよく閻魔様の前に引っ立てるとか言うしさ」
「「「「それな」」」」
「「「まじで連れていかれるしな」」」
連れて行ったことはありませんけど?
「じゃあこれはどうだ?」
「かわいい!」
「湖北すげーなー!」
「「「「「「「採用!」」」」」」」
「守さん、これで」
デジタルホワイトボードに描かれたイラストには、可愛らしくデフォルメされた閻魔様がいてその上に【卍獄楽寺卍】というポップな文字が踊ってる。ポップな【獄】ってのも味があるかも。獄卒にとっては楽園かもしれんし。なわけはないか。
「いいんじゃない?」
俺的にはgoodだ。
「可愛らしいくていいですね」
「へーいいじゃなーい」
「襟とか見えるけど邪魔じゃないところにつけられればいいわね」
運営側も、高評価だ。
みなが考えてくれたんなら即採用である。合掌。
「地元に金属加工の会社がありましたので、そこに依頼しましょう」
「ステッカーがあればスーツケースに貼りたいー」
ワイワイと意見が出てくる。嬉しいなぁ。
「閻魔っていえば地獄だけどさ、守さんて『地獄に落ちろ』とか言わないのはなんでっすか?」
「そういやそうだな」
「ブちぎれても閻魔様の~ってところまでだし」
あれ、そんなとこ気になる?
「怒らせたらリアルで地獄のような目に合うけどな」
「ほんそれ」
それは、否定しないかな。
「地獄へ送るかどうかは閻魔さまが決めるものでさ、俺が決めるなんておこがましくてね。どんな悪人であれ、裁くのは閻魔さまさ」
だから俺はその前に引き立てるだけ。
「閻魔さまってのはね、お地蔵様の化身なんだよ。お釈迦さまが入滅されて弥勒菩薩が出現する56億7千万年の間の無仏時代の衆生を救済するのがお地蔵さまでね、だからこそその化身が罪人を裁くんだと思っててさ」
「え、お地蔵様と閻魔って同じなの?」
智、「あんた頭大丈夫?」って顔しないの。
「同じというか裏の顔というかさ。成田山の不動明王さまだって、あれは大日如来さまの化身であり、裏の顔なんだよね」
「はぇ? そうなの?」
「仏教ってのはいろいろな神話を内包してきた歴史があってね。閻魔さまも元々はインド神話でヤマって人間の祖先が由来とされてるんだ」
「神話!?」
「そう神話。北欧神話の巨人ユミルと同起源もされててね。ヤマは初めての人間であり初めての死者でもあったんだ。最初に死者の国にたどり着いたから死者の国の王となった。これが仏教に取り込まれて閻魔さまになったんだ」
「はえー」
「左【卍】たる【和】の精神だね」
敵とするくらいなら融和して仲間にしてしまえ。神話を内包した方が教えを広めるのにも都合がよかったんだとか、いろいろあるとは思うけどね。俺はその仏教の精神が好きなんだ。
「守ってすごいじゃん」
「すごくないよ。これは2千年以上営々と引き継がれてきたものを、俺がちょっと偉そうに語っただけ。すごいのは父さん含めた先人たちだよ」
俺は煩悩におぼれてるちっぽけな人間さ。
そんな人間が七転八倒しながら生きているのが現世で、それこそが修業なのさ。




