43.札幌ダンジョンと四街道の課題②
桜前線の3人が北海道についた次の日。寺に来客があった。母屋のインターフォンが鳴ったので見てみれば画面には見知らぬイケオジがいる。檀家の人ではない。誰だこれ。
「はい、どなたでしょうか」
「四街道琢磨といいます」
美奈子ちゃんのお父さんだった。
母屋に案内してちゃぶ台についてもらう。お茶を用意しがてら父さんを呼んで同席してもらう。
瀬奈さん京香さんには外してもらった。ヒートアップしちゃいそうな予感がしてさ。妊婦さんにはよくない。
「四街道美奈子の父で琢磨です」
40代くらいのイケオジだ。
清潔感のあるあごひげが特徴で、スラっと細身なダンディでスマートな印象だ。優等生な美奈子ちゃんの印象とも重なる。
以前聞いていたけど、この人がシヅマの副社長だ。
シヅマってと思って調べたらかなりの売り上げで100億を越してた。株式の3割を持ってるみたいで、収入はすごいんだろう。うちの売り上げには触れないよ。半年で100億超えてるとか知らないもん。
「獄楽寺住職の坂場司です」
「獄楽寺ギルド長の坂場守です」
ちゃぶ台を挟んで対峙する。この人がまとってる空気がよどんでる気がしてさ。緊張する。
わざわざ美奈子ちゃんが不在のタイミングで来た。何かあるよね。
「最近、娘の美奈子が家に帰ってこない。学校には行っているようだが」
琢磨氏が探るようにこちらを見てくる。寺に来ていることは知っているからこそ、来たわけで。
「通学はしてましたよ。今日は卒業課題で北海道に行ってますけど」
「それは知っている。家に書置きがあった」
琢磨氏が苦い顔をする。
おぅ、美奈子ちゃん、話す気はないんだな。零士さんは別としても、うちに入り浸りたい何かがあるんだろう。苦い顔になる前に話を聞けばいいのに。
「美奈子には師匠がいるようだが、どんな人物なんだろうか?」
不埒なことはしていないだろうな?という視線だ。
どうやら秋のハンター祭りで師匠がいることを知った様子。美奈子ちゃんは家で話をしないのだろう。もしくは、話す機会がないのか。どっちもかな。
「美奈子ちゃんはほとんどうちにいますが、家に帰らなくていいかと聞いてもあいまいにほほ笑むだけです。そちらの家庭に問題があるのでは? で、わざわざ美奈子ちゃんがいないときに来たのはなぜですか?」
美奈子ちゃんの師匠が気になるなら本人がいるときに来ればいい。いないときに来たのはやましいことがあるからだ。
黙って何も言わない。仕方がない。零士くんを呼ぶ。
「ふむ、何の用だ?」
とことこ来たのはショタ形態の師匠。美奈子ちゃんが買ったベンチコートを着ている。
「こちら美奈子ちゃんのお父さんで四街道琢磨さん」
「ほぅ。娘を放置しているらしいな」
零士くんが琢磨氏をじろりと睨み、不機嫌全開なオーラと圧を出した。
「な、なんだこれは……」
琢磨氏ガクブルの巻。割と本気の圧だぞこれ。ガチオコじゃねえか。
「まあいい」
零士くんがベンチコートを脱いで武者鎧姿を出す。そしてショタ形態から大人の零士さんに戻った。
琢磨氏は零士さんが変わっていくことに唖然としていたが、大人零士さんの顔を見て大きく口を開けて固まった。
「お初にお目にかかる。美奈子の師匠の長篠零士だ」
零士さんが深々と頭を下げた。正体を隠さず、師匠として筋を通した形だ。
「長篠!? 【剣鬼】長篠だと!? 死んだんじゃねえのか!?」
「俺は確かに死んだ。それは間違いない。が、俺は今ここにいる。生きてるかは別だが存在はしてる」
「は!? 存在している!?」
「俺は、すくなくとも人間ではない」
「に、人間じゃねえだと? じゃあなんだというんだ」
「わからん。俺が何者でなぜここにいるのかの理由は不明だ」
「な、なんだそれは! 馬鹿にしてるのか?」
零士君が平然と答えるので琢磨氏が混乱してしまった。
「人間が人間である理由すら不明なのに、俺がここにいる理由がわかるわけがないだろう」
「なんだその屁理屈は?」
ふたりが言い合っていると、父さんが小さく咳払いした。
「少々よろしいですかな?」
お父さんは穏やかな笑みを浮かべる。
アルカイックスマイルを浮かべた父さんは、実はお怒りだったりすることが多い。
つまり、激おこぷんぷん丸です。
「仏教において、人は六道をめぐる輪廻を繰り返します。天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道の6つですな」
「……それが?」
「長篠零士は一度死に、輪廻に入ったはずでしたが、いま人間道に戻っております。人間道は解脱へとつながる唯一の道。その人間道で人は四苦八苦に悩まされ苦しみます。その八苦のなかに五蘊盛苦という五蘊がままならない苦しみがありましてな」
父さんがお茶を飲んでほっと息を吐く。
「五蘊というのは草冠に糸に恩と書きますが、これは人間を構成する5つの要素を指しておりましてな。色、受、想、行、識の5つですじゃ。これは人間の肉体と精神を5つの集まりとした考えですな」
これは俺も知ってる。
色とは物質的存在つまり肉体を示すもので、残りの4つは精神的な感受性、概念、志向、認識を示す。
宗派で解釈も違うらしいので諸説あるうちの中の極楽寺としての解釈だ。
「仏教では人間をこの5要素で分類しました。逆に言えばこの5つが揃っていれば人間とみなせるのでは?と」
「住職殿の話は時折難しい」
「ほっほっほ、解脱への道は平坦ではありませんからな」
零士さんが腕を組んで唸ってる。
人間とは何かの、仏教的分析だからね。哲学的要素もあるんだ。
こう考えると、実は心臓が動いてて生きていても意識がない状態が続くのであればそれは人間たるか?とちょっと怖い思想にもなってしまうんだけど。
まぁ人間を人間たらしめているのは肉体と自我なんだって話。
つまり、自我を持っている零士さんは人間である、とも言えちゃうんだ。あえて口には出さないけどさ。
「小難しいこと言ってけむに巻こうとしてるんじゃねえか?」
琢磨氏は父さんに胡乱な目を向けている。
「ほっほっほ。まだ難しいことは続きますぞ。長篠零士の心臓は動いてはおりませぬ。が、心を持っております。肉体と心、つまり五蘊を持つ人間といえるのでは?と」
「それこそ屁理屈だろ」
琢磨氏が吐き捨てた。
「では、生きているとはどのような状態なのでしょう?」
父さんが返す。
「心臓が動いてて」
「虫に心臓はありませんな。クマムシという例外もありますのう」
「血液が流れてて」
「植物に血液はながれておりませんな。しかも種から発芽も致します」
「脳があって」
「虫にも植物にも脳はありませんな」
琢磨氏が黙ってしまった。零士さんは目をつむって思考にはまっているようで微動だにしない。
生きている、というのは説明するには人間には難しいんじゃないかな。『解脱』という自分の理解もできていないんだから。
「心臓が動いていない長篠零士は球根ですじゃ。今は土の中におりますが、機を見てそのうち芽が出ましょうぞ」
「……球根か。はっはっは、まさか俺が球根と言われようとは思いませなんだぞ住職殿」
零士さんが愉快そうに笑った。




