211 -遅すぎた気持ちと新たな脅威-
「どうして……。なんの犠牲もなしに愛も夢も叶わないんだよ……」
僕はようやく自覚したヘレナへの恋心と皮肉なこの世を憂い、嘆きながら地面を思いっきり叩く。
すると、誰かが僕の頭を優しく撫でてくれるように風も吹いていないこの場所で、髪がサラサラと揺れる。
それがどうしてだろ? ヘレナが“見守っているわよ”と言ってくれているような気がして……僕は、慙愧の念に押し潰されそうな弱い自身へと別れを告げるため、脳裏に語り掛けてきた、もう一人の僕を全力で拒絶する。
そんな僕の決意に、もう一人の僕は「まだチャンスはある」と言ったあと、僕の脳に語りかけることを止めた。
ヘレナへの恋心。
それがトリガーになったのかは解らないけど、以前体から出てきた二匹の獣が出てきた時のような光が、僕の周りに集まり覆う。
それをどうすればいいかもう解っている。
手順は違えど、なぜか最初から知っている様な不思議な懐かしさに、僕は身を委ね、その光の粒の一つに自分の血を与える。
すると光の粒子たちは一斉にシャボン玉のように弾け、どこからともなく優しくて暖かな風を呼び寄せる。
その風は僕を包んだあと、空へ舞い上がる。
少し経ってから、その風が収まると僕の体は光の粒子に歓迎されるように光を帯び始め、そしてゆっくりと地上へ戻っていく。
僕が地上へ戻ると、光の粒子たちは次々と無数の花弁に姿を変え、僕がその花弁に息を吹きかけると、鹿の被り物をしたタナストシアの元へ飛んで行った。
僕はそれをただただ見つめるだけ。
だけどね、どうなるのか。それはもう知っている。
でも後悔はない。
その花弁はヘレナを死に追いやったタナストシアの被り物を切り裂き、体を切り裂き、心の臓を包み込む。
「カルマン……様……
最後まであなたと過ごすことが出来て良かった……です」
鹿の被り物を切り裂かれ、艶やかな焦げ茶色のショートヘアを揺らしながら女性はそう言い、カルマンに最後の別れを告げた瞬間、花弁が心の臓を覆い潰す。
その光景は悲惨なもののはずなのに、どこか僕の目には美しく映り、なぜだかは解らないけど、人を一人殺したにもかかわらず、罪悪感よりも清々しい気持ちで満たされていく。
もしかすると、力を持つと人が変わる。なんてよく言われるけど、それに似た状態を今、体感しているのかもしれない。
そんなことを考えていると、突然不意に怒りを孕んだ声が投じられた。
「おまえ! こんなところに居たガウか!」
その声はどこからどう聞いてもフェルのもの。
だけど、今までどこに行っていたのか、それが一切わからない。それに、どうして突然現れたのか――その理由も理解できない。
でも、そんなことよりもフェルの出現によって、僕の心が乱されてしまったらしい。
苛立ちが募りあげてくる。
フェルが居ても居なくても、ヘレナの死は免れなかったかもしれない。
でも、もしかすれば救えたかもしれない。
そんな気持ちがとめどなく溢れてくる。
だから僕は、フェルを糾弾しようとした。
だけど……止めた。それはこの状況下で無意味だから。
その代わり、僕は別のことをフェルへと問い掛けた。
「フェル、今までどこにいたの?」
けれど、そんな僕の疑問なんてフェルには関係なかったらしい。ううん、いっつもそうだ。フェルは何かあっても都合が悪くなると、話を逸らしてしまう。
今回もきっと、そんな気持ちが強いんだと思う。
「……そんなことどーでも良いガウ!
それよりもおまえ……最後の覚醒をしたのかガウ……?」
そう言って、意味のわからないことを聞いてきた。
けど、どうしてかな? なんでかわからないけど、その表情はどこか寂しそうな気も。
でも僕にはなんのことだかさっぱりわからない。
最後の覚醒?
そう頭の中で疑問符を沢山浮かべていると、その言葉の意味を理解しているんだろうね。
血相を変えたカルマンが、僕の元にやってくるなり「おまえ、最後の覚醒をしたのか!?」とかなんとか、訳の分からないことを言い始めたんだ。
けど、僕はその意味が理解できない。だから、問い返した。
「最後の覚醒ってなに?」
そんな僕の返答に、カルマンは呆れたような――面倒くさげな。なんか煩わしいって言いたそうな表情で嘆息する。
でもその意味を教えてくれることはなかった。
それを理解したんだと思う。突然、なんの前触れもなくルフーラが口を開き僕に告げる。
「簡単に言えば神の領域に近しいものになる。かな?」
けれどそんな簡素な説明じゃ、根本的な部分が理解できない。
「最後の覚醒はどうして神の領域に近しいものになるって言われてるの?」
僕はそう言って、ルフーラへと教えを乞いだ。
でもそのすべてまではルフーラも知らなかったみたい。
「さぁ?
そもそも同じ時間軸で、最後の覚醒をするのは基本的に一人だけって言われてるから、その本人しか解らないと思うよ」
そう言ってルフーラは、大前提として同じ時間軸に存在する神に選ばれし子の中でも、最後の覚醒をするのはたった一人だけだから、それを加味すればそれだけ特別なことだからじゃない? と推測で教えてくれた。
でも、ならなんでカルマンは血相を変えたのかな?
そこがとても気になって、僕はカルマンを見つめながら再び疑問を投げかけた。
「カルマンはどうしてそんなに血相を変えてるの?」
「……」
だけど、カルマンはすぐには僕の疑問に答えをくれなかった。
なんって言うのかな?
言うべきか言わないべきか悩むような素振りを見せながらも、その口を固く結んじゃったんだよね……。
刹那――
ドーンッ!
鈍い音が空間へと広がったかと思うと、突如天井から、なにか得体の知れないものが音を立てながら落ちてきた。




