210-続き-
「……ますか!
誰か生存者は居ますか!?」
遠く、近く。どこからともなく救助隊だと思われる人間の声がヘレナの耳に届く。
それと同時に、ヘレナは大きな声で自身の存在を知らせた。
「ここに居るわ!」
その声に導かれるようにして、救助隊と思しき人間が必死に瓦礫を掻き分けヘレナを探し当てる。
しかし、彼女の周囲に生きていそうな人間は皆無。救助隊は若干、顔を曇らせ問い掛けた。
「他に生存者は居るかな?」
その問い掛けに対し、ヘレナはすぐさまアスタロッテの存在を口にした。
「あちらに赤い髪の……あら?」
けれど、どういう仕掛けが施されていたのか。振り返ってみてもアスタロッテの姿はもうどこにも居らず。彼女ははキョトン、と小首を傾げながらも、“あそこに赤髪の女性が居たの!”と必死に救助隊に伝えた。
だがそんな女性はいくら探しても見当たらず。最終的には心細くなった小さな子供が幻覚を見て、寂しさを紛らわしたのだろうと言うことで丸く納まった。
※※※
瓦礫の山の中から救助されたヘレナ。救助隊は、その後もたくさんの質問をした。
しかし、彼女の運命を変えた問いはひとつだけ。
「君のお母さんやお父さんは?」
救助隊の一人が、真剣な表情で両親の安否を確認すると、ヘレナは小首を傾げたまま、瓦礫の間から赤いナニカが垂れている場所を無言で指さす。
それは、ヘレナの両親がもうこの世にはいないという示唆。ゆえに救助隊は、彼女を保護することを最優先事項として、その旨を告げる。
「そうか……残念ではあるが、子供一人では生きていけない。
だから、君は孤児院に預けられることになると思う」
けれど、ヘレナがそれを認めるわけもなく。
「嫌よ! 私はリーウィンに会わなきゃなの!
明日、遊ぶ約束をしてるの!」
そう言って、拒絶の意を示した。
しかし、現状は親なしの子供。ゆえに救助隊はそれは出来ないと、告げてしまう。
そんな救助隊の言葉に、ヘレナは再び地団駄を踏むが、アスタロッテに力の一部を封じられてしまった後。
天変地異が起こることもなく。救助隊の目には、子供がただ駄々を捏ねているようにしか映らなかった。
その為、二次被害が出ることはなく。彼女は宥められながらも崩壊した棟を後にすることとなった。
※※※
それからヘレナは、何年もリクカルトの外れにある街、パーチェの孤児院で幼少期を過ごすことになった。
今まで叱られたことのなかった彼女には、パーチェの孤児院はとても厳しく、居心地がとても悪いもの。
他の子供を泣かせれば怒られ、好き嫌いやわがままをいっても怒られる。
それは当たり前の話ではあるものの、力の強かった彼女と真正面から向き合うことは死も同然。ゆえに、ランプとギアラが生きていた頃には、経験したこともない辛い日々を過ごすことになってしまった。
ヘレナは孤児院の大人は、自分のことが嫌いだから、なにをしても怒られてしまうと思い、いつからか心を塞いでしまうようになってしまう。
だが、心を完全に塞がずに済んだのは、時折アスタロッテが現れ、息抜きと称し戦闘のいろはを教えていたことが救いだったのかもしれない。
だがそれでもヘレナは相当なストレスを抱えていたのだろう。ふと気づいた頃には、両親が最後にプレゼントした美しい三体の人形をランプとギアラだと思い込むようになり、独り言を発するようになっていった。
その光景はとても気味が悪く、ヘレナの周りからは一人、また一人と近づく子供は居なくなってしまう。
最終的に十の誕生日を迎える頃には、ヘレナの周りには誰も居なくなり、独りぼっちに。
だがヘレナにはそれが普通であり、周りが可笑しいのだと思っていたため、特に気にする必要もないと思っていた。
そして、孤児院を出るきっかけ。それは、もう数年前に死んでいたはずの、スローウィン家の従者、オルヴァスが彼女を迎えに来たことに起因している。
なぜ彼が生きているのか、それは誰にも分からない。ただ、恐らく神の国で彼女が不憫で仕方なく、戻ってきてしまったのだろう。
そんなヘレナが孤児院を出ることになったのは、偶然か――必然か。誕生日当日だった。
しかし、孤児院を出るにあたって、アスタロッテがとある助言を施す。それは、両親のことは隠しておいた方がいいというもの。
この頃には話をしてくれるのはアスタロッテしかいなかったからか、ヘレナは、アスタロッテには心を開くようになっていた。その為、その忠告のような助言を彼女は素直に受け取った。
だがそんなヘレナの心が安定していた時は短く、ヘレナが魂の使命こん願者になってしまったことで、アスタロッテとも意思疎通が取れなくなってしまう。
そんな時、たまたま大図書館へおもむき、リーウィンと出会い恋心を再び思い出したヘレナ。
彼女は、必然的にリーウィンへ依存するようになった。
だが、リーウィンにはカルマンと言う親しい人間が直ぐ近くにおり、ヘレナはそんなカルマンを敵対視するようになってしまった。
そんなことがあり、彼女は死ぬまでカルマンのことを好きにはなれず、タナストシアであり、裏切り者であると知った時、これでリーウィンも目を覚まし、自分だけを見てくれると思ったがそうではなく、落胆した。
どんなに思ってもリーウィンは鈍感で好きだとは言ってくれるが、それは男女のそれではなく、友人としての好きに絶望さえ覚えてしまうほどだった。
そして、最後まで恋心を打ち明ける前に、その命を終わらせてしまった。
恋が実らなかったのは残念で仕方ない。
とはいえ、両親の真実をリーウィンたちに知られることがなかったのは幸いだったのかもしれない。
ヘレナが死んだ今、もしこの事実がバレた所でその真実はもう闇の中。
誰も彼女のパンドラの箱を開けることは叶わず、永遠の闇へと葬られることだろう。




