210-続き-
それを聞いたヘレナは、あるていどの自尊心を満たせたのだろう。いや、自尊心ではなくもっと別のなにかだったのかもしれないが。
何度か首を縦に振ると、本題に戻るようにしてアスタロッテへと命じる。
「この状態じゃ私、リーウィンの元へ行けないのだけど、早く契約とやらを済ませて、私をリーウィンの元へ連れていきなさい!」
その態度は五歳の幼子とは思えないほど傲慢。
けれど、アスタロッテからするとその言葉は驚きに値するものだったらしい。
“は?”と言いたげに眉根を寄せると、僅かにキョトン。理解不能とでも言うように、さらりと契約が終えていることを告げてしまう。
「なに言ってんだ?
もう契約は済んでるぞ?」
それを受けたヘレナも、彼女同様に目をパチクリ。何度か瞬かせると、考えるような間を一拍。
この変人は何を言っているのか? そう問いたくなる気持ちを抑えるようにして、疑問を口にした。
「……?
契約とは書面のやり取りが必要なんでしょ?
私そんなことをしていないわ?」
だが、眼前の相手は正真正銘の神様。ゆえに人間のような書類上のやり取りなど必要なかったのだろう。
「それは人間同士のやり取りだろ?
俺がおまえの額に口付けをしたことで、もう既に契約は済んでるんだ
ちょー簡単だろ?」
そう言って、如何に人間が面倒で無駄の多いことをしているのか、嬉々とした態度で自論を語ってしまう。
しかし、神ならばこのような契約で問題ないのだろうが。人間と考え方が明確に違うせいか、どこかズレが拭えない。
ゆえにヘレナは、意図せず辛辣な言葉を口にしてしまう。
「そんな契約じゃすぐ逃げられるわよ?」
だが、特殊すぎる存在。その為、アスタロッテが彼女の言葉の意味など理解できるわけもなく。
「神と人間の契約は、神が消滅しない限り簡単には破棄できないようになってるんだ!
凄いだろ!」
ふふんと誇らしげな顔をしながらも、当たり前だと信じて疑わぬ態度で説明してしまった。
それを受けたヘレナは、ぽかんと一瞬だけ固まってしまう。
だが、そんなことよりリーウィンとの約束が最優先だったらしい。すぐさまハッとした表情を浮かべたかと思うと、偉そうな態度のまま、神に向かって再び命令を下してしまう。
「あらそう。
ところで、この瓦礫が邪魔なのだけど、除けて貰ってもいいかしら」
それを受けたアスタロッテは、ヘレナが口にする“リーウィン”という存在に興味を抱いてしまったらしい。
「除かしてやってもいいけどよ、そのリーウィンって奴とおまえはどんな間柄なんだ?」
そう言って、遠回しな探りを入れはじめる。
けれど、探りを入れられているなど毛頭思っていないヘレナ。彼女は、あっさりとした態度でリーウィンのことを説明した。
「リーウィンは私の大切な人よ!
女々しくてすぐ泣きべそ描いちゃうから、私が居ないとダメなの!」
とても嬉しそうに、リーウィンのことを語るヘレナ。アスタロッテは、なぜそんな奴がいいのか。理解できないと言いたげに、苦言を呈する。
「女に護られなきゃ生きていけない男が好きなのか?
おまえ、苦労するぞ〜」
しかし、この頃からリーウィンにゾッコンだったヘレナは、そんな彼女の忠告じみたアドバイスなどゴミも同然。
ゆえに彼女は、誇らしげな態度で言い放つ。
「私がリーウィンを守れば良いだけよ
問題はないわ!
それよりも、そろそろ私のことをおまえと呼ぶのを辞めてもらえるかしら?
私の名前はヘレナよ?」
その態度は本当に周りが見えていないというか――なんというか。まあ、五歳頃の幼子特有の夢見がちさが拭えない。
そんなヘレナの話は通常、面白くもなんともないだろうに。アスタロッテからすると、興味をそそられるものだったらしい。
「あ〜悪ぃ、悪ぃ!
ヘレナな!
覚えたから大丈夫だ!」
そう言いながらも、その後もリーウィンについて根掘り葉掘りと問い続けた。
やがて、そんな会話をしていると、どこからともなく誰かの声が響き渡る。




