薬草の匂いと、静かな再会
翌朝から、私はさっそく街の小さな薬草店『緑の葉亭』で働き始めた。
店主の老人はとても親切な人で、私に無理のないよう優しく仕事を教えてくれた。
裏庭で採れた薬草の泥を洗い流し傷んだ葉を丁寧に取り除いて乾燥棚へ並べる。
ときどき店を訪れる怪我をした町の人に自家製の傷薬を塗ってあげて簡単な手当てをする。
「まあルシアちゃん、手先が器用だし手当てが本当にお上手ねえ。痛みがあっという間に引いていったわ。」
「ありがとうございます。少し体を休ませてあげてくださいね。」
お客さんたちが笑顔で帰っていく姿を見るたび、私の胸の奥があたたかい光で満たされていくようだった。
レオンたちといた頃は「遅い」「効き目が薄い」と怒鳴られてばかりだったけれど、ここでは私の差し出す小さな手当てを誰もが喜んでくれる。
前髪を切って明るくなった視界と同じように、心まで軽やかになっていくのを感じていた。
◇
その日の午後。
日差しが傾き始め、店内の薬草の香りがやわらかく漂う時間帯のことだった。
カランコロン、と入口の小さなベルが鳴る。
「いらっしゃいませ!」
私が振り返り、明るい声を向けた瞬間。
入口の低い鴨居をくぐるようにして入ってきた人物を見て、私は持っていたトングを落としそうになった。
漆黒の上着を纏った、背の高い男。
つややかな黒髪に、深く澄んだ紺色の瞳。
昨日、広場で魔導馬の事故が起きた時に私に声をかけてきた――ヴィンセント様だった。
彼の後ろには、昨日と同じ騎士風の従者が静かに控えている。
「あ……あの時の……!」
私が驚いて目を見開くと、ヴィンセント様は私の顔を正面から静かに見つめた。
その鋭い目元がほんの少しだけ柔らかく緩んだように見えたのは、私の気のせいだろうか。
「……探したぞ、ルシア。」
低く、心地よく響く声が静かな店内に広がった。
「え……? 私を探していたんですか……?」
私は思わず後ずさりそうになるのを堪え、カウンターの木枠をギュッと握った。
この人はただ者ではない雰囲気を漂わせている。それに、昨日は理由も言わずに逃げ出してしまった後ろたさもあった。
ヴィンセント様はゆっくりとカウンターの前まで歩み寄ると、棚に並べられた乾燥薬草の瓶へ視線を落とした。
「安心しろ。咎めに来たわけではない。……昨日は急に声をかけて驚かせてしまったな。怪我はなかったか?」
「は、はい! 私はどこも怪我していません。あの……わざわざ心配してくださったのですか?」
そう尋ねると、ヴィンセント様は少しだけ困ったように眉を下げ、小さな息を漏らした。
「……目の前で無茶な真似をされたのだ。気にならないはずがなかろう。それに……」
彼は言葉を切り、琥珀色の私の目をまっすぐに見つめ返してきた。
「君が無事かどうか、この目で確かめたかった。」
そのまっすぐな言葉と眼差しに、私の胸がドクンと小さく跳ねた。
今まで誰かからこんな風に案じられたことなんて、一度もなかったからだ。
(この人……冷たそうな見た目をしているけれど、本当はすごく優しい人なのかもしれない……。)
店内の静寂の中、薬草の香りと二人の息遣いだけが優しく重なっていた。




