違和感の芽とささやかな一歩
広場の混乱から逃れるように裏路地をいくつか抜け、私はようやく足を止めた。
壁に背を預けて大きく息を吐き出す。
走ったせいか、胸が小さく上下していた。
(ハァ……驚いたわ。あんな大騒ぎになってしまうなんて……。)
手で頬を触ってみると、前髪のないおでこにそよ風が当たり心地よく冷やしてくれる。
助けた女の子とお母さんが無事だったのは本当に良かったけれど、目立ちたくない私にとってはヒヤヒヤする出来事だった。
「……さて、気を取り直して仕事を探さなくちゃ。」
私は鞄のひもをギュッと握り直し、王都の賑やかすぎない職人街へと向けて歩き出した。
手元にある僅かな銅貨では、あと二日ほどしか安宿に泊まれない。
冒険者ギルドは先ほどの騒ぎで行きづらくなってしまったので、まずは街の薬草店や治療院で雑用の仕事がないか尋ねてみることにした。
石畳の路地を進み、薬の匂いがほのかに漂う小さな薬草店の扉を叩く。
「ごめんください。あのお仕事の募集などは……」
奥から出てきた老店主は、私の顔を見た瞬間に手に持っていた薬瓶を落としそうになりながら硬直した。
「ひ、仕事……? いや、こんなお美しいお嬢さんがうちみたいな汚い薬草店で……!?」
「はい! 洗い物でも薬草の選別でも何でもできます。怪我人の手当ても得意です!」
私が深々と頭を下げると、老店主は恐縮しきった様子で、それでも嬉しそうに頷いてくれた。
「あ、ああ! それなら明日からでも手伝っておくれ! 給金もちゃんとお出しするからね!」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
こうして私は、小さくはあるけれど新しい生活の糧となる仕事を手に入れることができたのだった。
◇
一方その頃――王都の高級宿の一室。
昼過ぎだというのに、勇者レオンは重い体を引きずるようにしてベッドから起き上がった。
「くそっ……何だか今日は体が重いな……。」
頭が割れるように痛く、肩や腰にはズシリとした疲労感が残っている。
昨夜はルシアという『邪魔者』を追い出し、マリアたちと高級な酒を浴びるほど飲んで祝杯を挙げたはずだった。
「レオン様ぁ……私もなんだか体がだるいんですの……。」
隣のベッドで横になっていた魔法使いのマリアも、不機嫌そうな声を上げる。
いつもなら朝起きれば前日の遠征の疲れや擦り傷などはきれいに消えているはずだった。
「ちっ、飲みすぎたか……。おいマリア、お前の回復魔法を俺にかけろ。」
「ええっ、私がですか? 私の魔法はレオン様を癒やすためのものですけれど……今は魔力を使うのも億劫ですわ。」
渋々立ち上がったマリアが杖をかざし、拙い詠唱とともに小さな緑色の光をレオンに当てた。
だが、光が消えてもレオンの肩の重さはほとんど変わらなかった。
「……おい、全然効いてないぞ! もっとちゃんとやれよ!」
「な、なんですって!? 私の魔法が効かないわけないでしょう! レオン様が不摂生だからですわ!」
二人の間で気まずい罵り合いが始まる。
ルシアがパーティーにいた5年間、彼女はただ傷を治すだけでなく『絶対聖護』の加護を常に二人へかけ続けていたのだ。
彼らはまだ気づいていなかった。
あらゆる状態異常を無効化し、疲労を軽減し、致死毒すら自動で和らげていたその『神級の守り』が完全に消え去ったことに。
「……まあいい。ルシアの奴がいなくなって清々したんだ。今日のダンジョン攻略で俺たちの本当の実力を見せてやる。」
レオンは吐き捨てるように言い剣を腰にさした。
だが、その背中にはこれまで感じたことのない嫌な予感が影を落としていた。




