喧騒の去り際と、残された問い
遠くから重々しい鎧の擦れる音と、駆け寄ってくる警備兵たちの怒号が響いてきた。
「魔導馬はどこだ!? 暴走した魔物の被害は!?」
槍と大楯を構えた王都の騎士たちが、物々しい雰囲気で広場へと雪崩れ込んでくる。
急に騒がしくなった周囲の空気に、助けた女の子が少し身を縮ませた。
「お母さん……っ!」
「まあ、無事だったのね……っ! よかった、よかった……!」
人波をかき分けて走ってきた母親が、泣きながら女の子を強く抱きしめた。
母子の無事な姿を見届け、私はそっと胸を撫でおろす。
(よかった……。騎士様たちが来たなら、もう大丈夫ね。)
これ以上ここに留まれば、あの凄まじい結界を出した張本人として騎士たちに問いただされさらに目立ってしまうかもしれない。
おばあちゃんの言いつけを守れなかった後ろたさと、人々の視線の眩しさに耐えかね私はすっと身を引いた。
「ルシア、と言ったな。」
去ろうとした私の背中に、低く静かな声がかけられた。
振り返ると、先ほどの黒髪の男――ヴィンセントが群衆の喧騒の中にたたずんでいた。
彼の紺色の瞳は、周囲の混乱などまるで目に入っていないかのようにまっすぐに私だけを射抜いている。
「あ……はい。あの、私はこれで失礼いたします。」
「待て。君のその力――」
「申し訳ありませんっ!」
私はぺこりと深々と頭を下げると、返事も待たずに身を翻した。
手作りの白いワンピースの裾をなびかせ、集まった人々の隙間をすり抜けるようにして大通りの裏路地へと駆け込んでいく。
「あ……! おい、待ちなさい!」
警備兵の声が遠ざかっていく。
私は一度も振り返らずただ夢中で路地を走り抜けた。
◇
一方、ルシアが風のように去っていった広場。
ヴィンセントは、彼女が消えた路地の角を静かに見つめ続けていた。
彼の傍らに控えていた近衛騎士隊長のマークが周囲を警戒しながら静かに声をひそめる。
「……ヴィンセント様。追わせますか? あの規模の聖護魔法、間違いなくただの冒険者や町娘の領域を超えております。王都の騎士団に見つかる前に確保すべきでは……」
「いや、いい。」
ヴィンセントはすっと手を挙げて制した。
彼の視線は、ルシアが立っていた石畳の上に落ちている。
そこには、彼女が身を守るために展開した『絶対聖護陣』の残り香――澄み切った微細な魔力が、キラキラと雪粒のように残っていた。
「あのような清らかな魔力は見たことがない。何より……あの瞳だ。」
ヴィンセントは己の手のひらを一度見つめ、静かに拳を握りしめた。
これまで数多の貴族や媚びを売る者たちと接してきた彼にとって、人の瞳に宿る欲望や打算は見飽きるほど知っていた。
だが、あの少女の琥珀色の瞳にあったのは、純粋な『誰かを助けたい』という無垢な祈りだけだった。
そして、その顔立ち――白銀の髪と透き通るような素顔は、冷酷と呼ばれた彼の胸を深く突いたのだ。
「 マーク。」
「はっ。」
「あの少女――ルシアについて調べろ。この王都でどんな暮らしをし、なぜあほどの力を隠していたのか。……すべてだ。」
「承知いたしました。直ちに動きます。」
マークが深々と礼をし、人波へと姿を消していく。
ヴィンセントは胸の奥で沸き立つ今まで感じたことのない妙な熱を自覚していた。
ただの視察で訪れたはずのこの国で、自分はとんでもない『宝』を見つけてしまったのかもしれない。
「ルシア……か。」
男は誰も気づかないほどの小さな笑みを浮かべ、静かにその名を呟いた。




