純白の結界と、息をのむ男
私のかかげた右手から溢れ出た純白の光は、一瞬で広場全体を包み込むほど巨大な光の壁となった。
ドッギャァァン!!
耳を裂くような激しい衝突音と重い衝撃波が駆け抜ける。
けれど、私と女の子を包む結界の内側は驚くほど静かだった。
突風ひとつ吹かず、まるで時間が止まったかのような穏やかな空間が保たれている。
狂乱していた魔導馬の巨体は、目に見えない強大な鉄壁にぶつかったかのようにそのまま弾き飛ばされ、数メートル後ろの石畳へと激しく転がった。
地面を揺らしていた蹄の音は途絶え、魔物はぐったりとおとなしくなる。
「ふぅ……良かった。怪我はありませんか?」
私は抱きしめていた女の子の顔を覗き込み、やさしく微笑みかけた。
「う、うん……! お姉ちゃん、すごーい! 全然痛くなかったよ!」
女の子が安心したように泣きやみ、私の首にぎゅっと抱きついてくる。
その小さな温もりに胸を撫でおろし、私は結界をそっと消し去った。
周囲を見渡すと、広場にいた人々はあまりの出来事に言葉を失っていた。
誰もが目を見開いたまま、倒れた魔導馬と私を交互に見つめている。
『な……なんだ今の魔法は……!?』
『詠唱も魔法陣もなしで、あの大型魔物を一瞬で弾き返したのか……!?』
『それに……あんなに美しい結界、見たことがない……』
静まり返っていた街に、少しずつ驚愕のざわめきが広がっていく。
(あ……また目立つことをしてしまったかしら……。)
居心地の悪さを感じて立ち上がろうとした、その時だった。
「……見事な手際だな。」
低く、心地よく耳に響く声が聞こえた。
人波を割って歩み出てきたのは、漆黒の上着を纏った背の高い男だった。
つややかな黒髪に、吸い込まれそうなほど深い紺色の瞳。
彫刻のように隙のない美貌を持ちながらも、その瞳には隠しきれない強い驚きと強い光が宿っていた。
男の背後には、ただ者ではない雰囲気を醸し出す騎士風の従者も控えている。
「あ……あの、何か……?」
私が問いかけると、黒髪の男――ヴィンセントは数歩手前で足を止め、じっと私を見つめた。
その眼光は鋭く、まるで私の魂の奥底まで見透かそうとしているかのようだ。
「……詠唱も触媒も使わず、これほどの密度の『聖護結界』を展開するとはな。……それに、その気流の乱れすらない完璧な魔力制御。君は一体何者だ?」
彼の言葉に、私は戸惑いながらも素直に答えた。
「私は……ルシアと申します。ただのヒーラーです。危険だったので、夢中で手を差し伸べただけで……。」
「ただのヒーラー、だと……?」
ヴィンセントは絶句したように目を見張った。
彼の目が、私の素顔――まばゆい白銀の髪と琥珀色の瞳を、正面から捉える。
その瞬間、冷徹そのものだった彼の瞳に、かすかな揺らぎが走ったのを私は見逃さなかった。
(この人は……すごく強い魔力を持っている。……それに、どこかで見たような気品がある人だわ。)
私たちが視線を交わす中、広場には警備兵たちの足音が近づいてきていた。




