小さな店先と温かな手のひら
薬草の独特な香りが漂う店内には、柔らかな午後の光が差し込んでいた。
私を探して店までやって来てくれたヴィンセント様は、カウンター越しに私の顔を静かに見つめている。
その強い眼差しには、広場の時のような鋭さはなくどこか不器用な優しさが滲み出ていた。
「あ……あの、ヴィンセント様。立ち話もなんですし……もしよろしければ、お茶でもいかがですか? 薬草を煎じただけの、質素なものですけれど……。」
私が恐る恐る尋ねると、彼の背後に控えていた側近のマークさんが少し目を見張った。
一国の要人であるヴィンセント様に、町外れの小さな薬草店でお茶を勧めるなど本来なら失礼にあたるのかもしれない。
けれど、ヴィンセント様は短く「頼む」とだけ言い、店内にある小さな木製の丸椅子に腰を下ろした。
背の高い彼が小さな椅子に座る姿は、どこかつり合いが取れていなくて私は密かに口元を緩めた。
奥から温かいハーブティーを入れた素焼きのカップを二つ持ち出し、カウンター越しに差し出す。
「どうぞ。カモミールと乾燥させた蜜草を混ぜたものです。長旅の疲れや胸のつかえによく効くんですよ。」
ヴィンセント様は手袋を外し、素手でカップを受け取った。
その手は剣ダコが刻まれた無骨で力強い手だったけれど、割れやすい素焼きのカップをとても大切そうに扱ってくれている。
彼が一口口を付けると、ふっと肩の力が抜けるのが分かった。
「……良い香りだ。心が落ち着く。」
「よかったです。私、おばあちゃんから薬草の知識をたくさん教わったんです。怪我を治すだけじゃなくて、体の中から元気にすることが一番大切なんだよって。」
私が微笑みながら話すと、ヴィンセント様はカップを見つめたまま低く落ち着いた声で問いかけてきた。
「……ルシア。君ほどの『聖護』の加護と魔力があれば、王都の大きな治療院や、あるいは貴族お抱えの聖女として優雅に暮らすこともできただろう。なぜ、このような小さな店で働いているのだ?」
彼の問いは、私を嫌がる風でも蔑む風でもなく、純粋な疑問のようだった。
私は自分の手元を見つめ、前髪を切る前の静かな日々を思い返した。
「私……目立つのが苦手なんです。幼い頃におばあちゃんから、私の力や顔立ちは誰かの欲望を煽ってしまうから、隠して静かに生きなさいと言われて育ちました。それに……」
私は一瞬言葉を詰まらせたけれど、ヴィンセント様の深い紺色の瞳が見つめてくれているのを感じて、素直に言葉を続けた。
「……大きな名誉やお金よりも、こうして目の前で困っているおじいさんや子供たちが、笑顔になって『ありがとう』って言ってくれる方が、私にとっては昔からずっと大切だったんです。」
静まり返った店内に、私の拙い言葉が溶けていく。
ヴィンセント様はしばらく無言のまま、私の顔を凝視していた。
その表情には、言葉にできないほど強い衝撃と、愛おしそうな色が混ざり合っているように見えた。
(あ……私、また変なことを言ってしまったかしら……。)
不安になって身を縮めかけたその時。
ヴィンセント様が静かに立ち上がり、カウンター越しに長い手を伸ばしてきた。
そして、私の右手を両手でそっと包み込んだのだ。
「あっ……!」
彼の大きな手のひらは、驚くほど温かかった。
「ヴィンセント……様?」
「誇るといい、ルシア。」
彼はまっすぐな眼差しで、私の琥珀色の瞳を射抜いた。
「権力や財に群がる者ばかりを見てきたが……君のような清らかな心を持った者を、私は他に知らない。君の手は、真に人を救うための手だ。」
力強い彼の言葉が、胸の奥深くまで染み込んでいく。
レオンたちから5年間否定され続けてきた私の存在を、この人は出会ったばかりなのにまるごと認めてくれたのだ。
胸の奥がじんわりと熱くなり視界が少しだけ潤んだ。
「……ありがとうございます、ヴィンセント様。」
私は照れくささを隠すように小さな声でそうお礼を言った。
ふたりの距離がほんの少しだけ縮まった瞬間だった。




