素顔の朝
窓から差し込むやわらかな朝の光で目が覚めた。
ベッドから体を起こすと、視界が昨日までとは比べものにならないほど明るい。
額に触れると、いつも邪魔だった重い前髪はなく、軽やかな感覚が手に伝わってきた。
「……夢じゃなかったんだわ。」
私は静かに微笑み、鏡の前に立った。
そこに映っているのは、透き通るような白銀の髪と琥珀色の瞳を持つ少女だ。
慣れない自分の素顔に少し照れくささを感じながらも、手作りの白いワンピースのシワを伸ばし髪を軽く整えた。
荷物をまとめ、肩に小さな鞄をかける。
今日からは新しい生活の始まりだ。
まずは宿を出て、これから生きていくためのお金を得る仕事を探さなければならない。
私は部屋の鍵を持ち、二階の廊下を通って一階の食堂へと降りて行った。
朝の食堂には、朝食を食べる冒険者や旅人たちが数人集まっていた。
パンの香ばしい匂いとスープの湯気が漂う中、私はカウンターにいる女主人のもとへ歩み寄る。
「おはようございます。お世話になりました、鍵をお返しします。」
爽やかな挨拶とともに鍵をカウンターへ置いた。
すると、女主人は鍵を受け取ろうとした手をピタリと止め、そのまま固まってしまった。
目が丸く見開かれ、口が大きく開いている。
「あ……あの、おばさん? どうかしましたか?」
心配になって覗き込むと、女主人は顔を真っ赤にして慌てて何度も目をこすった。
「え……ええっ!? あんた、まさか昨日のあのボロボロの……!?」
「はい。昨日は汚れていてすみませんでした。おかげさまでゆっくり休めました。」
私が微笑むと、女主人は胸を押さえて倒れ込みそうな仕草をした。
「な、なんてこった……。神様、あたしは朝から本物の女神様でも見てるのかい……?」
その大きな声に、朝食を食べていた男たちが一斉にこちらを振り返った。
スープを飲んでいた冒険者が盛大にむせ返り、パンを噛みちぎろうとしていた男の手が止まる。
賑やかだった食堂が、まるで時間が止まったかのように静まり返った。
(……え? なに? 私、何か変なことでもしたかしら?)
みんなの視線があまりにも痛い。
私は居心地の悪さに身を縮め、ぺこりと一礼すると逃げるように宿屋を飛び出した。
◇
朝の王都の大通りは、商人の掛け声や買い物客で賑わっていた。
焼きたてのパンや新鮮な果物が並び、活気に満ちあふれている。
けれど、私が通りを歩き始めると、すぐに奇妙な現象が起き始めた。
大通りを進むにつれて、周囲の雑音がすーっと引いていくのだ。
すれ違う人々が次々と足を止め、吸い寄せられるようにこちらを振り返る。
果物を売っていたおじさんは手からリンゴを落とし、走っていた子供は派手に転び、馬車の御者は呆然として手綱を緩めてしまった。
『おい、見ろよあの子……』
『おとぎ話に出てくる妖精か何かか……?』
『息をするのを忘れるくらい綺麗だ……』
人々の囁き声が波のように広がり、街全体がざわざわと揺れ始めている。
(おばあちゃんが言っていた通りだわ……。前髪を切っただけで、こんなに注目されてしまうなんて。)
私は居心地の悪さに俯き、なるべく目立たないように足早に歩いた。
けれど、どんなに俯いても白銀の髪と整った横顔は隠しきれず、通り過ぎる誰もが息をのんで見送ってくる。
手元にあるのは、自分で貯めていたわずかな銅貨だけだ。
レオンたちに投げつけられた銀貨は置いてきたから、今日中に新しい仕事を見つけなければ今夜の宿にも困ってしまう。
「薬草の採集か、街の治療院のお手伝いなら私にもできるかしら……。」
小さな声で呟きながら、私は王都の中央広場の近くにある冒険者ギルドを目指した。




