迫る影と絶対の誓い
王都の街並みが夕闇に包まれ始める頃、レオンは身を隠すように大通りを彷徨っていた。
かつてのような華やかな装備は質に入れ、使い古しの革鎧を身につけた彼の姿に、かつての『閃光の剣』の面影はない。
血走った目で道行く人々を凝視し、必死にあの陰気な雑用係の後ろ姿を探し求めていた。
「くそっ……どこにいやがる、ルシア……!」
王都中の安い宿屋や酒場を片っ端から当たったが、どこにもルシアの目撃情報はなかった。
あの日、ワインで濡れたボロボロの服のまま追い出したのだ。行き場を失い、路頭に迷っているはずだというレオンの身勝手な予測は完全に外れていた。
「俺を……この勇者レオン様を困らせやがって……! 見つけ出したら、二度と逆らえないようにたっぷりと分からせてやる……!」
落ちぶれた恐怖と焦りは、いつしかルシアに対する歪んだ執着と憤りへと形を変えていた。
彼女を連れ戻し、再び自分たちの都合の良い『回復と加護の道具』として縛り付けることだけが、レオンの唯一の希望となっていたのだ。
◇
一方、その夜。
ルシアが小さな安宿の自室で静かに眠りについた頃、王都の地下深くにある密談所では冷たい緊張感が漂っていた。
漆黒の衣を纏ったヴィンセントは、窓の外の夜空を見つめながら静かに腕を組んでいた。
彼の背後には、闇に溶け込むように佇む側近のマークが控えている。
「……ヴィンセント様。元『閃光の剣』の勇者レオンが、王都内でルシア殿の捜索を始めている模様です。」
マークの報告に、ヴィンセントの紺色の瞳が凍てつくような冷たさを帯びた。
「あの愚か者が……今さら何のために探している?」
「身の程も知らず、ルシア殿を連れ戻し、再び己のパーティーの雑用係として利用するつもりのようです。加護を失ったことで己の無力さに気づき追い詰められているようで……」
「……身の程知らずにも程があるな。」
ヴィンセントの声は低く、地鳴りのように静かな怒りを孕んでいた。
彼の周囲の空気が一瞬で凍りつき、凄まじい魔圧が部屋を満たす。
ルシアがどれほど辛い思いをしてあの男たちに尽くしてきたか。
そして、その尊い力を「使えない」「地味だ」と踏みにじった挙句、身勝手に捨て去った男が、今さら彼女の穏やかな日常を脅かそうとしているのだ。
ヴィンセントにとって、それは到底許しがたい暴挙だった。
「ルシアには指一本触れさせるな。……あの男が彼女の視界に入ることすら、私は許さん。」
「はっ。直ちに影の騎士を配置し、ルシア殿の身辺警護を徹底いたします。」
「それと、帝国の本国へ連絡を入れろ。帰還の準備を早める。……この国に、もはやルシアを置いておく理由はない。」
ヴィンセントは固く拳を握りしめた。
ルシアが自分に向ける、可憐で温かな笑顔。
あの小さな薬草店で過ごす穏やかな時間を誰にも壊させはしない。
たとえ世界を敵に回そうとも、あの白銀の髪の少女を己の腕の中で護り抜いてみせる――。
暗闇の中で、冷酷皇帝の心に宿った絶対の誓いが静かに燃え上がっていた。




