格子窓の影
澄み渡る秋晴れの午後、『緑の葉亭』の店先には心地よい風が通り抜けていた。
私はカウンターで、明日使う薬草の乾燥具合を一つひとつ確かめていた。
白銀の髪に留めた青い宝石の髪飾りが、窓からの光を受けてかすかに揺れる。
ヴィンセント様の温かな顔を思い出すだけで、胸の奥がじんわりと優しく満たされていった。
「ルシアちゃん、ちょっと奥の倉庫から新しい木箱を取ってきておくれ。」
「はい、店主さん!」
私が明るい声を返して奥の倉庫へ向かおうとした、その時だった。
カランコロン!!
乱暴な音を立てて店の扉が開いた。
同時に、鼻をつくような汗と泥の臭い、そして異様な殺気が狭い店内に雪崩れ込んでくる。
「おい……! ここにルシアって女がいるだろっ!?」
聞き覚えのある、けれど以前よりも低く荒んだ声。
振り返った私の視界に入ってきたのは、ボロボロの革鎧を身に纏い血走った目で店内を見回す男――レオンだった。
「レ、レオン……!?」
思わず息をのんだ。
かつて王都の英雄と持て囃されていた面影はどこにもない。
やつれた頬、落ち窪んだ目、そして全身から滲み出る隠しきれない焦燥と苛立ち。
レオンは私の顔を見るなり、一瞬だけ呆然と固まった。
長い前髪で顔を隠していた陰気な雑用係ではなく、光を浴びて輝く白銀の髪と、透き通るような素顔を持つ私。
けれど、彼はすぐに頭を振り、私の腕を掴もうと強引に手を伸ばしてきた。
「な……なんだその格好は! だが間違いない、ルシアだな!? 探したぞ、この馬鹿野郎が!」
「な、なにをするの……! 放して!」
私が間一髪で身を引くと、レオンは顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。
「すっとぼけるな! お前が姿を消してから、俺たちのパーティーは滅茶苦茶だ! いいからさっさと戻ってこい! お前の回復魔法と加護があれば、また俺たちは……!」
「……お断りします。」
私はまっすぐにレオンの目を見つめ、はっきりと告げた。
「私はもう、あなたのパーティーのメンバーではありません。あの日、あなたが私を捨てたのです。」
「なんだと……!? 命の恩人である俺に向かってその口の利き方はなんだ! 俺が拾ってやらなきゃお前なんか――」
レオンが痺れを切らし、力任せに私の腕を掴もうと踏み込んだ、その瞬間。
――ドォン!!
店内の空気が一瞬で氷点下まで冷え込み、胸を押し潰すような凄まじい魔圧が叩きつけられた。
「……私の前で、その汚い手を彼女に向けるな。」
腹の底に響く低く冷徹な声。
レオンの動きが、まるで金縛りに遭ったかのようにピタリと止まる。
店内の影からすっと姿を現したのは、漆黒の上着を纏ったヴィンセント様だった。
彼の紺色の瞳は、目の前のレオンをただの害虫か何かのように冷たく見下ろしている。
「な……なんだお前は……! 俺は勇者レオンだぞ! 邪魔をするな――」
レオンが剣の柄に手をかけた瞬間、ヴィンセント様が一歩踏み出した。
それだけで、レオンは膝から石畳へと崩れ落ちた。
ヴィンセント様が放つ圧倒的な「覇気」と「魔圧」の前に、ただの凡人と化したレオンは息をすることすらできず、青ざめた顔で床に這いつくばるしかない。
「勇者……? くだらない。」
ヴィンセント様は冷酷な眼差しでレオンを見下ろし、私を庇うように背中に回すと、静かにその肩を抱き寄せた。
「この者は、お前たちのような愚者に二度と触れさせていい存在ではない。……二度と私たちの前に姿を現すな。次は命がないと思え。」
絶対的な王の宣告。
レオンは恐怖のあまり言葉を失い、カタカタと震えながら地べたを這いずり逃げるように店を飛び出していった。
静まり返った店内でヴィンセント様は優しく私へと向き直った。
「怪我はないか、ルシア。」
その声は、先ほどの冷酷さが嘘のように温かく私をどこまでも優しく包み込んでくれていた。




