『真面目な生みの営み』こそが、公金詐取という大罪の最高の防壁になる
その年の夏は、夜になっても熱気がアスファルトから剥がれようとしなかった。
平田三郎の運転するセダンの助手席で、五十嵐正克はスマートフォンの画面に表示された「MCTロジスティクス」の登記情報をスクロールし続けていた。画面の青白い光が、彼の刻まれた目尻の皺を深く浮き上がらせている。
「平田。さっきの細川さんのアパートの家賃だがな、……」
五十嵐が、不意に画面から目を離して言った。
「月一万円。周辺相場の五分の一以下。白石川さんは『知り合いが経営しているアパート』だと言っていたが、その知り合いの正体が分かった」
「地元の不動産業者ですか?」
平田はバックミラーで後方の車流を確認しながら、淡々と応じる。
「いや、登記簿上、あのアパートの所有者は有限会社『キュージャミナ・エステート』になっている。そしてその親会社を辿っていくと、今回のリンジの配送ルートにある『地方創生コンサルティング』のダミー会社群、そして最終的にはあの『MCTロジスティクス』に突き当たる」
そう言って、五十嵐は乾いた笑い声を漏らした。
「つまり、細川さんたちが『国に生活を破壊され、白石川さんという慈善家に救われて暮らしているアパート』そのものが、国から毟り取った補助金で買い叩かれ、完璧に管理された『システムの一部』だったということだ。あの人らは救われていると同時に、白石川さんの巨大な資金還流の『パーツ』としてそこに配置されているということだ」
平田のハンドルを握る手に、わずかに力がこもった。
「白石川さんは、細川さん夫妻を単なる慈善心で匿っているわけではない、と?」
「両方さ。あの人は本気で彼らに同情し、本気で衣食住を保障している。だが同時に、あの人がかつて『総合協信』の雑居ビルで学んだのは、完璧な偽装とは『本物の善意』と『合法的な手続き』の衣服を纏ったときにこそ完成する、という冷徹な理だ。全東信の事件で地銀の連中がなぜ二十年も粉飾を見抜けなかったか分かるか? 出てくる書類がすべて『本物の取引』の顔をしていたからだ。誰もが悪気なく、自分の利益のために判子を押し続けた。白石川さんの装置も同じだ。細川さんが警備会社で真面目に働き、リンジが明日から真面目に書類を運ぶ。その『真面目な生みの営み』こそが、公金詐取という大罪の最高の防壁になるんだよ」
車は、国道から一本外れた薄暗い私鉄沿線の立体交差へと差し掛かっていた。その高架下に、一台の型落ちのクラウンがハザードランプを点滅させて止まっているのが見えた。
「五十嵐さん、あそこにいるの、ギンロクさんじゃないですか?」
平田がスピードを落とした。
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