国家の喉元に、過去の自らの罪状を突きつけるということ
日本の司法史に残る恐ろしい冤罪事件。検察によるストーリーの捏造: 特捜部は「政治家の口利きがあり、村木局長が部下に指示して偽の証明書を発行させた」という虚構のストーリーをあらかじめ用意。それに合わせるよう、部下や関係者に脅迫まがいの強引な取り調べを行い、嘘の供述調書を作った。決定的な証拠改ざん: のちに、主任検事が押収したフロッピーディスクのデータ(更新日時)を、自分たちのストーリーに都合が良くなるよう意図的に書き換えていた(証拠改ざん)という前代未聞の犯罪まで発覚した。
車の外の熱気の中に、燻銀六郎ギンロクは一人で立っていた。
自販機の淡い光に照らされた彼は、いつもの泥のついた大根を運ぶ「指宿さん」の顔ではなかった。かつて福島で国と電力会社にすべてを奪われ、家族をバラバラにされた長男――「燻」としての、剥き出しの形相がそこにあった。
「五十嵐さん」
ギンロクは、近づいてきた五十嵐の姿を認めるなり、低く、押し殺した声で言った。
「リンジの親父とリンジを、俺に引き合わせてくれたのは、あんただったんだな」
「そうだ」
五十嵐は足を止め、ポケットに手を突っ込んだ。
「白石川さんの指示だった。雄吾さんが、埼玉の避難施設を出た後、名前を変えてパチンコ屋で身を持ち崩しているのを見つけた。そして、学校のイジメで引きこもり、不良の使い走りにされていたリンジを『足』として組織にスカウトしたのも俺だ。二人があそこで再会したのは、偶然じゃない」
ギンロクの拳が、微かに震えていた。
「なぜ、俺に黙っていた。俺が二人をどんなに探していたか。五十嵐さん、あんたも知っていたはずだ」
「お前に教えれば、お前は二人を『自分の力で』救おうとしただろう」
五十嵐は、ギンロクの目を真っ直ぐに見据えた。
「白石川さんは、リンジ家族に『個人の救済』なんてケチなものは用意していない。国が、原発という巨大なシステムでお前たちの人生を毟り取ったのなら、こちらは地方創生というさらに巨大なシステムで、国の喉元から何百億という『人生の経費』を毟り戻す。その共犯者に、お前と彼ら親子全員を仕立て上げる。それが白石川さんの言う『救済』だ。お前は、リンジの父親がリゾート療養所で送るこれからの穏やかな余生が、どこから出たカネで賄われているか、本当に知らずにいたかったのか?」
ギンロクは言葉を失い、ただ高架下を通り抜ける電車の轟音に身を晒していた。
彼らが使っている「指宿」という偽名。それは鹿児島県の温泉地を思わせるありふれた姓だが、その実、白石川が「燻」の文字を分解し、警察や国税の追跡から隠すために与えた『記号』に過ぎなかったのだ。
「明日から、リンジが回る最初のルートに『MCTロジスティクス』が入っている」
五十嵐は静かに告げた。
「白石川さんは、リンジに、あの装置の最も危険な『信管』を持たせた。あそこには、あの人が残した『致命的なほころび』が眠っている。かつて大阪地検特捜部が村木厚子さんの事件で犯した証拠改ざんの闇、そして飯塚事件の裏で目撃者を黙らせた国家の工作資金のルート。それらがすべて、あの小さなダミー会社を経由して、現在の地方創生補助金へと還流している。リンジがその書類を役所に届けるということは、国家の喉元に、過去の自らの罪状を突きつけるということだ」
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