彼らの内なる復讐の炎は消え、魂は鎮められていく。これ以上の『救済』が、この世にあるか?
最上階のオフィスで、ギンロクは白石川の前に歩み寄り、その黒いファイルを手に取った。
ページをめくると、そこにはリンジが明日、書類を届ける予定の「MCTロジスティクス」の本当の使途が記されていた。
「この会社は、ただの資金洗浄のハブじゃないですね。……」
ギンロクの目が、ある一行で止まった。
「そうだ」
白石川は、静かに窓の外を見つめたままでいた。
「あの『飯塚事件』で、久間さんが否認し続けたまま、わずか二年という異常な速度で死刑を執行された後、残された遺族がどれほどの不条理の中に置き去りにされたか、お前は知っているか? 国家は『死刑は適正に執行された』の一点張りで、すべての検証の扉を閉ざした。再審請求の手続きをしても、裁判所は『時効』や『新証拠の不十分』を理由に、のらりくらりと引き延ばす。遺族の時間は、あの2008年10月で止まったままだ。社会からの冷たい視線と、国への行き場のない憤いきどおりの中で、彼らの魂は今も、あの河川敷の冷たい泥の中に囚とらわれている」
白石川は、ギンロクの方を振り返った。その瞳には、狂気ではなく、深い、底なしの慈愛が宿っていた。
「だから私は、その『MCTロジスティクス』を通じて、福岡のあの地域に、ある『児童養護施設への継続的な大口寄付』のルートを作った。名義はすべて、あの事件の犠牲となった女児たち、そして無実を訴えながら刑場の露と消えた久間さんの魂を慰めるためのものだ。国が『終わったこと』として一銭も払わないのなら、私が、お上が地方創生のためにバラ撒いた何百億という予算の『穴』から、自動的にその維持費を毟むしり取って流し込み続ける。リンジが明日、役所に届ける書類は、その還流をあと十年間、誰にも気づかれずに確定させるための『最終承認書』だ」
ギンロクは、震える手でファイルを閉じた。
白石川のやっていることは、国家に対するテロではなかった。国という、心臓を持たない巨大なコンクリートの軀体くたいの中に、「時効によって捨てられた人々を、永久に養い、鎮魂し続けるための、もう一つの隠された血管」を埋め込む作業だったのだ。
「ジンさんは言ったんだ、銀六。……」
白石川の声が、微かに震える。
「『救うこと』が、お前の魂を鎮めるのだ、と。私はこれまで、何千人もの『救済から漏れた人々』をこの装置の中に招き入れ、彼らに仕事を与え、生活を与え、彼らの手で、さらに次の被害者たちを救わせてきた。彼らは皆、自分が運んでいる書類の意味を知らない。だが、自分が誰かの役に立ち、この社会で穏やかに生きているというその事実だけで、彼らの内なる復讐の炎は消え、魂は鎮められていく。これ以上の『救済』が、この世にあるか?」
©2026 [風風風]. All rights reserved.




