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白石川が気に掛ける「郊外のアパートに住む人々」こそ、「不条理に打ちのめされた人たち」だった

「タツオ君の両親を探し出したのは、五十嵐だった」

「……」。ハンドル握るギンロク(銀六郎)は、黙ってうなずく。

「ご両親の惨状を見かねて、俺に連絡したという訳だ」

「……」

「お前を見つけ出したのも、五十嵐だ」

「……!」

「探し出すのに、随分苦労したらしい」

「……」。ギンロクは、めったに白石川の話の腰を折らない。

 白石川しろいしかわは、名を祐一郎ゆういちろうという。推定年齢60歳の好々爺である。

「ひと探しの時は、奴を頼るといい」

「はい」


 ギンロク(銀六郎)は、白石川に指示されるまま、小一時間ほど車を走らせた。

 そこは、東京近郊の私鉄沿線の駅から、徒歩ならば15分から20分ほどのアパート。駅周辺は、賑わいのある街並みだが、このアパートは田畑に隣接した、やや不便な所にあった。それが十数年前のことだった。

 七~八年前から、白石川に人となりを認められたギンロクは、時々白石川の用を務めることが多くなった。 

 アパートの前の道端に、一台のセダンが止まった。助手席から降りてきたのは、ギンロク(銀六郎)である。車の後ろに回り、トランクを開ける。何やら重そうな、大きめのレジ袋に入った物を取り出し、両手に下げた。そのまま、アパートの一階にある部屋の前に行き、ドアノブにその袋を掛けている。袋の中身は野菜類らしく、大根の頭が少し覗いている。隣の部屋のドアノブにも、同じような袋を掛けた。

 ギンロクは車に戻ると、さらにもう二つ、重そうに袋を手に下げる。同じように、一階の残りの二部屋のドアノブにも、それらを掛けて車に戻ろうとしたところで、最後に袋を掛けた部屋の住人が帰ってきた。

「あ、指宿いぶすきさん。いつも、ありがとうございます」。丁寧にお辞儀しているのは、警備保障会社の制服を着た、50歳は過ぎていそうな中年の婦人であった。

「いつもの、石川さんの所の家庭菜園で取れたものです。『見てくれは悪いんですが、よかったら食べてやってください』って、石川さんが」。指宿というのは、勿論、いぶしのことで、石川というのは白石川のことである。

「いつも本当に、美味しく頂ています」。恐縮している素振りで、婦人は言った。

「そう伝えます。石川さん、喜びますよ」。小さく会釈して、ギンロクは足早に、車に戻った。

 車内にいるのが石川であることに気付いたのか、婦人は車に向かって、丁寧に頭を下げていた。挨拶代わりなのか、「パン」と小さくクラクションを鳴らして、白石川は車を発進させた。

「細川さん、チャリンコで帰ってきたな」。白石川が、ボソっと言う。

 車は、夕闇の中を、ゆっくりと走り出した。

「はい。……」

「遠慮しないで、お前やヒロシの車を呼ぶように言っておけ」

 ヒロシというのは、ギンロクの同僚である。

「はい。………」。(いつも言ってるんですけどね)。

 買い物するにしても、仕事で出掛けるにしても、このアパートで暮らしていれば、駅周辺に行くか、駅から電車に乗るかである。一階の住人は、ギンロクやヒロシの携帯に連絡すれば、駅に続くアケード付きの商店街の入口まで、車で送ってもらえた。ギンロクやヒロシが行けない場合は、彼らの指示を受けたものが、その役割を担っていた。つまり、このアパートの一階の住人は、一見不便そうな所に住んでいるようで、その実、便利な暮らしを送ることができているのである。

 家賃も格安であった。「私の知り合いが経営しているアパートです。家賃は、月一万円です」。白石川の決めた賃料であった。部屋の間取りは、六畳二間の2DK。不便さを考慮しても、周辺相場の五分の一以下だった。

 野菜やコメや、缶詰類、時には季節の果物など、白石川から届けられるそれらのものを考えれば、家賃は無いも同然だった。


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