爆炎の姫
数日後、我が公爵家の薔薇が咲き誇る中庭に、一台の豪奢な馬車が滑り込んできた。
車体に刻まれているのは、国内でも指折りの武門として知られるヴァルハイト公爵家の紋章。前世のゲーム知識が、俺の脳内で急速にパズルを完成させていく。
(ヴァルハイト……! 確か原作ゲームでは、主人公のライバルポジションにあたる傲慢な嫡男を輩出する家系。だけど、彼に年の近い姉か妹なんていたか……?)
馬車の扉が開く。
現れたのは、燃えるような赤髪を美しい縦ロールに結い上げ、勝ち気な琥珀色の瞳をした少女だった。年齢は俺と同じ14歳ほど。その佇まいからは、育ちの良さと同時に、圧倒的な「強者」のオーラが漂っている。
「お久しぶりにお目にかかります、リディル・フォン・グランツ侯爵令爵。ヴァルハイト公爵家が長女、スカーレットと申します」
完璧なカーテシー。しかし、その瞳の奥にある光は冷ややかだった。
案内役として俺の斜め後ろに控えるエルザが、わずかに身を硬くするのが気配でわかる。
「ようこそおいでくださいました、スカーレット嬢。歓迎いたします」
挨拶を交わし、応接室へと場所を移す。
二人きり(壁際にはエルザが控えているが)になると、スカーレットはふっと張り詰めた笑みを浮かべ、本題を切り出してきた。
「単刀直入に申し上げますわ、リディル様。私が本日ここへ伺ったのは、かつて結ばれたという口約束……『許嫁』の件を白紙に戻すためです」
「……ああ」
やはりそう来たか。かつての俺の悪評は、そう簡単に拭えるものではない。
「我がヴァルハイト家は武の家系。たとえ王の覚えめでたき家のお相手であっても、無能ならまだしも、地に落ちた評判の人間に嫁ぐ気ははございません。……貴方が最近になって急に心を入れ替え、魔の森で鍛錬に励んでいるという噂は耳にしましたわ。ですが、所詮は世間向けの『やってるアピール』。そうなのでしょう?」
スカーレットの言葉は辛辣だった。だが、不思議と不快感はなかった。彼女はただ、自らの足で立ち、自分の未来を勝ち取ろうと必死なだけなのだ。その姿は、先ほどからずっと拳を握りしめて耐えているエルザの姿とも重なって見えたし、自らの姿も見えた。
「なるほど。では、スカーレット嬢。その真偽、ご自身の目で確かめてみま戦か?」
「……何ですって?」
俺は立ち上がり、窓の外の訓練場を指差した。
「言葉でどれほど飾ろうと意味はありません。俺が本当に『噂通りの男』かどうか、手合わせで測っていただきたい。もし俺が貴方に一本でも入れられたら、婚約の件は貴方の望み通り、今この場で白紙にしましょう」
スカーレットの瞳に、明確な挑発の炎が灯った。
「面白いですわ。言っておきますが、手加減はいたしませんわよ?」「承知いたしました。爆炎の女王様」
三分後。俺とスカーレットは木剣(彼女は魔法触媒兼用の細身の木剣)を構え、訓練場の中央で対峙していた。
見届け人として、グレンがニヤニヤしながら壁に背を預け、エルザは祈るように胸の前で手を組んでいる。
「それでは……参りますわ!」
スカーレットが地を蹴った。速い。身体強化魔法を併用した突撃だ。
さらに彼女の木剣の先から、圧縮された火球がいくつも放たれる。
「『バースト・バレット』!」
容赦のない熱波が俺を襲う。だが――毎日五倍の重力魔法を課され、魔の森の凶悪なモンスターと命のやり取りをしている俺からすれば!それは幼稚園の子どもたちの泥団子を投げ合うようなお遊びのようだった。
(これ、どうすりゃいいんだ、まともに受けて無傷とかもなんかブチ切れられそうだし、やられたーみたいなのも見破られそうだし、うーん、そうだ!魔法に自信があるのなら、なんか体術で押し切る展開とかプライドを傷つけなくていいかも!)
俺はあえて魔法を使わず、最小限の身のこなしで火球を躱し、スカーレットの鋭い突きを木剣の腹で受け流した。
「くっ……!? なぜ当たらないの!?」
焦るスカーレット。彼女はさらに魔力を練り上げ、大技の構えに入る。その瞬間、彼女の足元がわずかに揺らいだ。攻撃に意識が偏りすぎ、防御がおろそかになっている。
(そこだ)
俺は一歩、踏み込んだ。
グレンとの実戦形式の打ち合いで叩き込まれた、文字通り「肉体に染みついた」踏み込み。
一瞬で間合いを詰められたスカーレットが目を見開く。彼女の首筋に、俺の木剣の切っ先がピタリと突きつけられた。
「……そこまで、ですな」
グレンの気の抜けた声が響く。
スカーレットは呆然とした様子で木剣を落とし、自分の首筋にある木剣を見つめていた。
「嘘……私が、一歩も動けずに……?」
「素晴らしい魔力量と速度でした、スカーレット嬢。ですが、実戦においてはケースバイケースで、一撃の威力よりも、足元の確実性と間合いの管理が重要になる場合もあるかと存じます」
俺が木剣を引き、紳士的に一礼すると、スカーレットの顔がみるみるうちに赤く染まっていった。それは怒りではなく――明らかな「驚愕」と、そして別の感情の混ざった赤だった。
「貴方……本当に、あの『放蕩息子のリディル』なのですか……? これほどの力を隠し持っていながら……」
スカーレットの琥珀色の瞳に、先ほどまでの侮蔑は一切消え去っていた。代わりに宿ったのは、圧倒的な強者に対する敬意と、強い興味。
「認めますわ。貴方は……私の想像を遥かに超える本物です」
彼女はフッと艶やかに微笑んだ。
「婚約破棄の話は、一旦保留にさせていただきます。来年、私の通う王立魔法学園で貴方がどれほどの事を巻き起こすのか……お側で見せていただきたくなりましたもの」
どうやら、最悪の決裂は免れたどころか、予想以上に強い関心を持たれてしまったようだ。
これは、吉と出るのか凶とでるのか?
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