B…L…
『純血の黒薔薇』の秘密結社が潜む、森の奥深くの隠し砦。
俺たちがその重厚な扉をチート魔力で吹き飛ばして突入した時、内部はすでに半壊状態だった。
「ひぃぃっ! ば、化け物ォォッ!!」
「所長ォォォ! 早くこの戦闘狂を止めてくださいィィ! 私の有給が消えてしまいますゥゥッ!」
瓦礫の山の中で、黒薔薇の幹部たちが涙目で逃げ惑い、なぜかヴォルカノフも彼らと一緒に涙目で逃げ回っていた。
そして、その中心。
平民の身でありながら、限界突破した魔力と圧倒的な身体能力で大剣を構えている男――本来の主人公、アレンがそこにいた。
「アレン! そこまでだ、剣を引け!!」
俺が叫ぶと、アレンは黒薔薇の首魁を両断しようとしていた大剣をピタリと止めた。
「……リディル、様」
ゆっくりと振り返ったアレンの瞳には、かつてないほどの熱い炎が宿っていた。
その立ち位置、俺に向ける剣先、そして張り詰めた空気。
(……嘘だろ。これ、完全に『原作ゲーム』の俺が退場するバトルの構図じゃないか)
悪逆非道な貴族(悪役令息)と、虐げられた平民を救う主人公の最終決戦。
最悪だ。階級闘争を防ぐために駆けつけたのに、俺自身が彼とぶつかれば、それは完全にゲームの歴史をなぞることになってしまう。
「アレン、落ち着け。そいつらを私刑にすれば、国が荒れる。お前が罪を背負う必要は――」
「国とか、貴族とか、平民とか……そんなものは、もうどうでもいいんです」
アレンの低く、切実な声が砦に響いた。
黒薔薇の幹部たちすら息を呑む中、アレンは剣を真っ直ぐに俺へと向けたまま、ぽつりぽつりと話し始めた。
「僕は……ずっと、あなたに憧れていました。圧倒的な力、揺るがない信念、そして誰よりも優しいその背中。いつかあなたに追いつき、肩を並べ、そして……本気の本気で、あなたと全力でヤり合う時を夢見ていたんです」
「アレン……?」
「でも、ダメだった。あなたのことが……あなたの存在が眩しすぎて、好きすぎて、剣を向けることすら恐れ多かった。だから、その気持ちはずっと心の底に沈めて、忠実な部下でいようと必死に考えないようにしていたんです。……でも」
ギリッ、とアレンが奥歯を噛み締める音が聞こえた。
彼の顔が、苦しげに、そして嫉妬に歪む。
「もう限界だ! あなたはいつも、幼馴染のメイドや、高貴な婚約者や、商人の令嬢や、さらには古龍のお姉さんまで……! 次から次へと美少女を侍らせて、僕のことなんか全く見てくれないじゃないか!!」
「いや、侍らせてない! 誤解だ! それに全員仕事のパートナーで――」
「言い訳は聞きたくありませんッ!!」
アレンの魂からの叫びが、砦全体を震わせた。
背後でメリッサが「……ん? 今、美少女のなかにうちも入っとったよな?」と嬉しそうに呟き、エルザとシルヴィアとセレスティアが「……尊い、尊いわ」と謎の意気投合を見せているが、今はそれにツッコミを入れている余裕はない。
「黒薔薇なんてただの口実だ。本当は、こうでもしないとあなたが本気で僕と向き合ってくれないと思ったから……!」
アレンは一歩、俺に向かって踏み出した。
その身から溢れ出す魔力は、勇者としての覚醒を完全に果たしている。
「あなたに勝って、証明する。僕が一番強いと。僕が一番、あなたに相応しいと! あなたの視界をすべて僕で埋め尽くして、あなたの『唯一の存在』になってみせる!!」
ヒロインたちの矢印だけでも重すぎてキャパオーバー寸前だったのに。
まさか、本来の主人公から、これほどまでに巨大で、純粋で、狂気的な愛と執着の矢印を向けられる日が来るなんて。あと男。
「……ははっ」
あまりの展開に、俺の口から自然と笑みがこぼれた。
なんだこれ。原作ゲームのラスボス戦の理由が「主人公からの重すぎる思いをこじらせた結果」だなんて、どこの攻略サイトにも載っていないぞ。
だけど、アレンの目は本気だった。
ここで逃げれば、彼の中でくすぶった炎は本当に世界を焼き尽くすかもしれない。何より、こんなにも不器用で真っ直ぐに俺を求めてくれる「一番の弟子」の想いを、無下にしたくはなかった。
「……下がってろ、みんな」
俺はマントを脱ぎ捨て、グレンやヒロインたちに後退を指示した。
「リディル様!?」
「いいから。これは……俺とアレン、男同士のケジメだ」
「きゃーっ」何故か女性陣から黄色いっぽい悲鳴が聞こえた。ニュアンスがなんか違くない君たち。
俺は一歩前に出て、魔力を練り上げながら、アレンと正面から向き合った。
階級も、貴族も、平民も関係ない。
ただ一人の男として、自分に挑んでくる好敵手の想いに応えるために。
「お前の感情……俺が真正面から受け止めて、完膚なきまでに叩き潰してやる。かかってこい、アレン!!」
「――ッ! 行きます、リディル様、いや、リディルァァァァッ!!」
悪役令息と、本来の主人公。
すれ違いと激重感情が交差する、歴史に決して記されることのない世界最強の死闘が、今、幕を開けた。




