これはカスハラ対応だ!
ヒロインたちから向けられた、四者四様にして規格外に重すぎる愛。
俺はとりあえずその一件を心の奥深くに(丁重に)しまい込み、魔森温泉国リラクシアのさらなる発展と充実に全精力を注ぎ込むことにした。
逃げたわけではない。トップとしての責任を全うしたのち、きちんと責任を取ろうと考えているだけだ。……そう自分に言い聞かせながら、ひたすら書類の山と格闘し、視察をこなす日々。
だが、平穏を希う俺の願いを嘲笑うかのように、事件は突然起きた。
「――リディル様。部隊長のアレンと、熱源管理担当のヴォルカノフが、ここ一週間ほど無断欠勤しております」
執務室にやってきた執事のグレンが、厳しい顔でそう報告してきたのだ。
「一週間……? あのアレンがサボるわけないし、すっかり社畜と化したヴォルカノフが無断欠勤なんてあり得ないだろ。何か聞いてないか?」
「いえ。ただ、出立前にアレンが『ちょっと森の清掃(ゴミ拾い)に行ってきます。おいヴォルカノス、お前も手伝え』と言って、悪竜と飛んでいくのを、門番のオークが見ていたそうです」
嫌な予感がした。
あの底知れぬ力を持つ本来の主人公と、俺に恐怖し従順な社畜と成り果てた悪竜の謎コンビ。
俺は急いでメリッサの商会ネットワークと、森の魔獣たちによる情報網をフル活用して二人の足取りを追った。
そして判明した事実は、俺を絶望の淵へと叩き落とした。
「……あのアホ、完全に『純血の黒薔薇』を潰しにかかりやがった……!」
報告によると、アレンはリラクシアの周囲をうろついていた黒薔薇の密偵を偶然(という名の主人公補正で)発見。持ち前の正義感と圧倒的な力で口を割らせ、そのまま敵の総本山へとカチコミに行ったらしい。
しかも、なぜかヴォルカノフを「信頼する部下(強制労働の相棒)」として引き連れて。
「所長ォォォ! 出張申請いたします!私はアレン係長に命じられた出張(討ち入り)に同行いたしますでありますッ! 経費は領収書と一緒に請求しますが、決して残業代を請求するつもりはありませんからァァァッ!」という、ヴォルカノフのテレパシー通信が、微かに風に乗って聞こえた。
俺は執務室の机に突っ伏し、頭を抱えた。
「なんでこんなところで、原作ゲームの強制力が働くんだよ……っ!」
そう、本来のゲーム『悪役令息』のストーリーにおいて、主人公アレンの最大の敵こそが、平民を虐げる『純血の黒薔薇』なのだ。本来ならそこの幹部の俺はアレンに倒されてあえなく退場となるのだが、今の俺はそもそも『純血の黒薔薇』を敵と認識しているし、
歴史を変えまくったせいでルートはめちゃくちゃになったっていうか、ゲーム自体変わってしまっている。だってリゾート作ってハッピーとか、あつも◯じゃないんだから。でも俺はこっちの方が好きだ。平和だし。
しかしそれでも見えない運命の糸が、無理やり主人公と宿敵を邂逅せようとしている。
だが、現実の政治問題として考えると、これは最悪のシナリオだった。
「……リディル様、アレンが敵を倒してくれるなら、手間が省けてよろしいのでは?」
不思議そうに首を傾げるエルザに、俺は青ざめた顔で首を振った。
「ダメなんだよ。アレンの身分は『平民』だ。平民が単独で、貴族原理主義の秘密結社を武力で壊滅させたらどうなる?」
俺の言葉に、隣で書類を読んでいたメリッサの顔色が変わった。
「……なるほどな。英雄譚にはなるやろうけど、貴族社会から見れば『平民の反乱』の象徴になる。下手したら、国中の平民と貴族がバチバチにやり合う階級闘争……最悪、内戦の火種になるで」
「その通りだ。黒薔薇を潰すのはいい。だが、それはあくまで『国家への反逆』や『他国への不法介入』という正当な罪状の下、権力側(俺たち)が合法的に『悪』として裁かなければならないんだ、その後、黒薔薇の貴族達の悪事を公にし、それをダシにして緩やかに平民に権限を委譲していく、最終的には貴族は名誉職として残るが実質的な権力は持たず、身分を問わずあくまで能力のあるものが合議制で政を行う。俺の一生をかけても成せるかわからない長期的なプランだったんだ」
アレンの正義感が、ヘタをすると国を二つに割る大戦争を引き起こしてしまう。
俺が最も恐れていた事態が、最悪の形で現実になろうとしていた。
「グレン! ファフニール先輩とシルヴィアを呼べ! 」
俺はバッと立ち上がり、マントを翻した。
「アレンとヴォルカノフが敵の首魁をぶっ飛ばす前に、俺たちが追いつく! これは『階級闘争』なんかじゃない。ただの『リゾート経営者による、悪質な客への出入り禁止処置』だ! 名目をすり替えるぞ!!」
「かしこまりました。直ちに実力行使の準備を」
グレンが一礼し、姿を消す。
主人公の暴走による世界大戦の危機を、俺は理不尽な屁理屈でねじ伏せる。
平穏な生活を守るため、俺は額に青筋を浮かべながら、黒薔薇の総本山へと向けて出撃したのだった。
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