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悪役令息〜平穏を希う  作者: 虹の箸
わーくにインバウンド化計画

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34/39

よっしゃ、生捕りだ

◇◇◇

草木も眠る深夜の魔の森。

南方の帝国軍と西方の騎士団領の合同軍、計五千の兵力は、息を殺して漆黒の森を突き進んでいた。

「……見えたぞ。あれが標的の『リラクシア』だ」

「ふん。防衛設備など皆無ではないか。悪役令息め、森の資源に胡座をかいて油断しおって」

帝国軍の将と騎士団の団長は、遠くに見える温泉施設の湯けむりを確認し、勝利を確信してほくそ笑んだ。

彼らは『純血の黒薔薇』からの情報を完全に信じ切っていた。「相手は少数の素人集団。不意を突けば赤子をひねるより容易い」と。

極秘の隠密行動。誰にも気づかれず、森の富を独占する。そのはずだった。

「――さぁて、可愛い羽虫どものお出ましだぜェ!」

突如、夜空を覆い尽くすほどの巨大な影が三つ、月明かりを遮った。

「な、なんだあれは……!?」

兵士たちが絶望の声を上げる間もなく、邪悪竜ファフニールと悪竜ヴォルカノフが、地響きを立てて合同軍のど真ん中に降り立った。

『死なない程度のブレス』という器用な技を習得した二頭の咆哮が、突風となって数千の兵を木の葉のように吹き飛ばす。

「ウフフ……さあ、少しだけ時間を止めて遊びましょうか」

上空からはシルヴィアが『時の魔法』を展開し、兵士たちの動きをスローモーションに変えていく。

「ひぃぃっ! 話が違うぞ! なぜ古龍が三頭もいるんだ!?」

パニックに陥る軍勢。しかし、地獄はそれだけではなかった。

「さあ、実戦形式の解剖学講義と参りましょうか」

「うおおおおっ! 薪割り千本ノックの成果を見よ!!」

暗闇から、怪しく眼を光らせた執事グレンが滑り込むように現れ、芸術的な手際で次々と兵士たちの関節を外していく(後で治す前提で)。その横では、平民の底力(という名の主人公補正)を全開にしたアレンが、大剣の腹を使って重装歩兵を文字通りピンボールのように弾き飛ばしていた。

そして最後は、俺だ。

「俺でなきゃ見逃しちゃうね」

の首への一撃✖️5000くらい?

隠密行動からの奇襲を企てた五千の軍勢は、こうして、ただの一人もこちらの陣地に足を踏み入れることなく、完全に制圧されたのだった。

◇◇◇

「……はっ!?」

翌朝。

帝国軍の将と騎士団長が目を覚ました時、彼らは信じられない光景を目の当たりにした。

ここはリラクシアの巨大な広場。彼らを含めた五千の兵士は全員、下着一枚の姿で綺麗に整列させられ、正座をさせられていた。

「な、我々の装備は!? 魔法剣は!? 聖銀の鎧はどこにいった!?」

「あ、それなら昨日の夜のうちに、うちの商会を通じて隣国の中古市場に全部流したで。ええ値がついたわ、おおきにな!」

ぱたぱたと扇子を仰ぎながら、メリッサが満面の笑みで帳簿を叩いた。一晩で五千人分の装備を剥ぎ取り換金するその商魂と手際、もはや魔法より恐ろしい。

「痛っ……あれ? 折られたはずの腕が治っている……?」

兵士の一人が自分の腕を見て驚愕の声を上げる。

「ええ。皆様にはこれから貴重な労働力として働いていただきますから、特級ポーションで完治させてもらいました」

俺の横で、ヴァルハイト(セレスティア)が腕を組みながら冷たく言い放つ。

「貴族階級の者たちは、身代金と違約金が届くまでVIPルーム(という名の監視付きプレハブ)で待機。その他の兵士どもは……そうね、今日からサウナの熱波師と薪割り部隊に配属よ! 私が接客の基礎からみっちり叩き直してあげるわ!」

「ひっ……!」

「お食事は、健康を考慮して麦粥と塩水をご用意しております。労働の後の塩分補給は必須ですからね」

エルザが完璧なメイドの微笑みで、決定的な絶望を宣告した。(※なお、数日後にアレンの作ったオーガニック野菜の美味さに兵士たちは感動することになるのだが、それはまた別の話である)

それぞれの地位と能力に応じた、徹底的な『有効活用』。

圧倒的な武力格差と、手際が良すぎる戦後処理を前に、帝国と騎士団の将たちは完全に戦意を喪失していた。

「……どうして、こんな真似を? 我々を皆殺しにすることもできたはずだ」

力なく俯く帝国将に、俺は一歩前に出て、静かに告げた。

「俺は、ただこの国で平穏に暮らしたいだけだ。そっちが手を出してこないなら、これ以上の危害は加えない。……それに、あんたたちも『利用された』だけだろう?」

俺がそう言うと、将たちの顔にハッとした色が浮かんだ。

「お前たちに『俺が他国を脅かす』だの『防衛力は皆無』だのと吹き込んだ奴らがいるはずだ。貴族原理主義の秘密結社……『純血の黒薔薇』だな?」

「……ッ! なぜ、それを……!」

「そいつらは、あんたたちの命なんて欠片も気にしていない。ただの捨て駒にして、俺たちを潰そうとしたんだよ」

俺の言葉に、広場に集められた兵士たちの間にざわめきが広がっていく。

自分たちは、嘘の情報に乗せられ、あんな化け物たち(ドラゴンや執事)の前に放り出されたのだ。下手をすれば全滅していた。いや、殺されなかったのは、単に相手が「生け捕りの方が儲かる」と判断したからに過ぎない。

「……おのれ、黒薔薇め……!! 我ら騎士の誇りを泥で汚し、あまつさえ捨て駒にしたというのか!!」

騎士団長が、怒りでプルプルと震えながら拳を地面に叩きつけた。

「許せん! いかに領土拡大の野心があったとはいえ、あのような卑劣な嘘に踊らされていたとは……! 帝国の恥だ!」

帝国将もまた、ギリッと歯を食いしばり、その目に強烈な怒りの炎を宿した。

俺たちへの敵意は、いとも簡単に、彼らを騙し討ちにした『純血の黒薔薇』への巨大なヘイトへとすり替わった。いや、すり替えたのだ。

「リディル殿! いや、リディル様! 我々は愚かでした!」

将たちが、下着姿のまま見事な土下座を披露する。

「どうか、我々にも奴らを討つ手伝いをさせてください! このまま引き下がっては、国に帰る顔がありません!」

「おう! 俺たちも薪割りでも熱波師でもなんでもやる! だから、あの黒薔薇の連中をぶっ潰す時だけは、俺たちにも一発殴らせてくれ!」

兵士たちからも、次々と賛同の雄叫びが上がる。

「……計画通りやな、リディル様」

メリッサが俺の背後で、悪代官のような笑い声を漏らす。

「ええ。これで、国際的な問題に発展することなく、大義名分を得られました。あとは奴らの根城を叩き潰すだけです」

グレンもまた、眼鏡を光らせながら楽しそうに頷いた。

『純血の黒薔薇』。

俺の平穏を脅かし、他国を巻き込んでまで俺を潰そうとした報いは、きっちりと受けてもらう。

怒りに燃える五千の労働力(元兵士)と、規格外の仲間たち。

今、貴族原理主義の闇を完全に払拭するための、反撃の狼煙が上がった。


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