立国したぞー
「熱い熱い熱い! 俺の自慢の肉球が、炭火焼きのウェルダンになっちまうだろーが!」
第二工区に到着するなり、巨体を縮こまらせて涙目で叫んでいるのは、世間から『邪悪竜』と恐れられるファフニールだった。身内にはとことん優しく、頼れる兄貴分で、よく働いてくれるのだがどうにも想定外の熱さには弱かったらしい。
「先輩、情けない声を上げないでください! 所長が来られましたよ!」
ヴォルカノスが完全に社畜の顔でシャキッと告げると、俺は魔力を展開。地盤から噴き出す過剰な熱源を、冷気の結界で包み込んでコントロール下に置いた。
「……ふぅ。これで大丈夫だ。ファフニール、ありがとな。身を挺して湧出を抑えようとしてくれたんだろ」
「お、おう、分かればいいんだよ、リディル。俺ァ役にたつって約束したからな、これくらい当然だ!」
さっきまで涙目だったくせに、俺が労うとファフニールは途端に胸を張る。この義理堅くもチョロい、いや、素直なところが彼の魅力だ。いい男だ。
そこからの『魔の森リゾート開発計画』――通称・健康建国は、文字通り破竹の勢いで進んでいった。
そもそもこの事業、国王陛下たっての『極上の保養地を創り出せ。場所は宰相や女王に追跡されづらい魔の森だ」という、丸投げに近い無茶振りから始まった国家直轄《秘密》のプロジェクトだったのだ。
「ええか、リディル様! 陛下からの依頼やからって妥協はせえへんよ! 魔の森の環境負荷を最小限に抑えつつ、最高効率で客の財布を軽うするのが、うちの商売人としてのプライドや!」
プレハブ小屋での会議を終えたメリッサが、瞳に銭のマーク(と俺への深い愛情)を浮かべながら、現場の総指揮を執る。彼女の徹底した効率主義と、実は情に厚い優しさが奇跡のバランスを生み出し、環境に優しい最新鋭の「健康ランド」が魔の森に誕生した。
天然の魔力温泉、シルヴィアの『時の魔法』を応用した超回復サウナ(サウナ内の1時間が外の1分に相当し、超スピードで整う)、アレンが平民の底力?で耕したオーガニック野菜たっぷりの健康料理。
さらに、普段は強気な婚約者ヴァルハイト・セレスティアも、第一夫人候補としてのプライドをかけて接客マニュアルを監修してくれた。
「リディル、私にかかればこの程度の内装やサービス、お手の物よ。これでもっと貴方に相応しい国になるわ!」
そう言って、少し顔を赤らめながらふんぞり返るヴァルハイトは、本当に熱く、いじらしい心の持ち主《ツンデレさん》だった。
こうしてオープンした健康ランド的な観光立国。
そのお披露目も兼ねた視察の日、依頼主である国王本人が訪れたのだが、その反応は俺たちの想像を遥かに超えていた。
「……美味い。美味すぎる。この温泉上がりの冷えた果実水と、サウナの組み合わせは、神の領域だな。もう私は王宮に帰りたくない。ここを新たな王都とし、ここで政務を行うぞ!」
「陛下、いくらご自身が発案された特区とはいえ、それは本当に困りますので早くお着替えを」
視察のつもりがすっかり館内着のじんべい姿で畳の休憩所に寝そべり、迎えにきた女王と近衛兵たちに引きずられていくのが、(女王は残ってのんびりしていく)今や日常の光景となっていた。
もともと王の依頼で設立された特区が大成功を収め、さらには国王自身が足繁く通い入り浸るようになったことで、この新興領と、その総責任者である俺――リディル・ローゼンベルグの権威は、周囲が恐れおののくほどに高まっていく。
約束どおり王から辺境伯位と魔の森を任され、学園からは立国についてのレポート提出を待って卒業と、順風満帆だった。
「リディル様、今夜のご夕食は、お約束通りお好きなものをご用意しております」
夜、自室に戻ると、エルザがいつも通り、だけど昼間よりも少しだけ柔らかな笑みを浮かべて待っていてくれた。
「ありがとう、エルザ。あの時の続き、だけど――」
俺が言葉を紡ごうとしたその時、窓の外、魔の森の境界線から、一瞬だけ肌を刺すような冷たい魔力が吹き抜けた。
全てが順調、平穏な理想郷が完成しつつあるように思われた。
だが、その光が強くなればなるほど、背後に落ちる影もまた、深く、濃くなっていく。
魔の森の木々の隙間、月光さえ届かない暗がりのなかで、黒いフードを深く被った者たちが、不気味に蠢いていた。その胸元には、一輪の黒い薔薇の紋章。
貴族原理主義者の秘密結社――『純血の黒薔薇』。
「国王陛下を誑かし、平民と交わり、トカゲどもと戯れる悪役令息め……」
「リディル・ローゼンベルグ。お前の築いた偽りの楽園ごと、血の海に沈めてくれる」
俺が希う平穏を、根底から覆そうとする暗い影が、ヒタヒタと、確実にすぐそこまで近寄ってきていたのだった。
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