見限られた傲慢令息の覚醒――最強の老執事の覚悟
とりあえず屋敷の裏手にある訓練場で、手のひらの皮が破れ、血が滲んでも木剣を振り続けた。しかし、八歳の未成熟な体でただ闇雲に素振りを繰り返すだけでは、圧倒的な武力と魔力を誇るあの主人公に並び立つことなど到底不可能だ。俺には導き手が必要だった。
俺が教えを乞うたのは、このローゼンベルグ家に仕える家令、グレンだ。
彼はかつて王国筆頭騎士と宮廷魔術師の双璧を担いながら、貴族社会の腐敗に嫌気がさして一線を退いた「剣魔双絶」の異端児。野に下り世捨て人となっていた彼を、貴族の中では稀有なほど公平で領民想いである立派な当主――俺の父が、幾度も足を運び、頭を下げて口説き落とし、我が家の家令として迎え入れたのだという。
しかし、グレンは尊敬する父とは似ても似つかない、以前の傲慢で我が儘だった俺の姿に底知れぬ失望を抱き、とうの昔に俺という存在を半ば見放していた。表面上の完璧な礼儀は尽くしつつも、その眼の奥には常に冷ややかな諦めが宿っていたのだ。
数日前、俺はそんなグレンの執務室を訪れ、深く頭を下げた。
「……坊ちゃん。私のような老いぼれに、急に何を血迷われたのですか?」
冷徹な声で見下ろすグレンに対し、俺は床に額を擦りつける勢いで懇願した。
「頼む、グレン。俺を鍛えてくれ。かつて貴族社会に絶望したお前ならわかるはずだ。このままでは、この国は腐り落ちる」
「……腐り落ちるのは坊ちゃんでしょう、随分とご立派な口をお叩きになる」
グレンの隻眼が、俺の心の底を値踏みするように鋭く細められた。
「貴族が血筋だけで平民を支配し、搾取するだけの時代はもう終わっていく。俺は人が人のために、人に選ばれた者が政を行う……理想と笑われようが希望に満ちた世の中にしたいんだ。そのためにはまずどんな試練にも折れない力が必要、そのための努力を、俺は惜しまない。頼む、俺を導いてくれ!」
俺の決死の言葉を聞き終えると、グレンは小さく息を吐き出した。
「……なるほど。確かに以前の坊ちゃんからは想像もつかない、ご立派な演説です。……ですが――言葉だけならば、何とでも言えるのですよ」
次の瞬間。
執務室の空気が、凍りついた。
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