歳の近いいとこと会うとテンション上がるよね
封の蝋を割り、中から取り出したのは、一枚の古びた羊皮紙と、禍々しい紫色の魔力を放つ手のひらサイズの『黒い鱗』だった。
一目見ただけで、それが尋常ではない呪物であることがわかる。
俺が眉をひそめると、バルバロス侯爵は勝利を確信したように歪んだ笑みを浮かべた。
「驚かれるのも無理はない。それは、かつて魔の森の最深部に封じられた厄災――『黒死竜ファフニール』の封印指定解除と、使役を可能にする古代の契約書だ」
侯爵は立ち上がり、芝居がかった手振りで語り出した。
「我々貴族連合は、莫大な資金を投じて古代遺跡を発掘し、この制御鍵を手に入れたのだ! いいかリディル殿。もしこれ以上我々に歯向かい、独立などという寝言を続けるのであれば……この場で呪具を起動し、黒死竜を操り人形として魔の森に解き放つ!」
侯爵の声が応接室に響き渡る。
「そうなれば、お前が目論む森の開拓など一晩で灰燼に帰す! 下手をすれば領地はおろか、王都すら火の海になるだろう! さあ選べ。我々の傘下に入り、この竜の力を共に王国の覇権のために使うか。それとも、竜の業火に焼かれて死ぬか!」
肩で息をしながら、侯爵は俺を見下ろした。
――なるほど。経済で勝てないなら、最後は圧倒的な『暴力』と『脅威』で盤面ごとひっくり返す。そうきたか、だが。
「…………ふーん」
「は……?」
俺のあまりにも気の抜けた相槌に、侯爵は間抜けな声を漏らした。
「ふ、ふーん、だと……!? 貴様、我が言葉が理解できなかったのか!? 国を滅ぼす厄災の竜だぞ!」
「いや、理解はしましたけど。その『黒死竜ファフニール』って、全身から禍々しい瘴気を纏ってる割には、義理堅くて常識的な、シルヴィアのいとこのことですよね? さっきシルヴィアのところに相談に来てて、俺にも会釈してくれて感じ良い龍だなぁって感心してたんですよ」
侯爵の顔から、スッと表情が抜け落ちた。
「な、何を馬鹿なことを……! いとこ? シルヴィアとはお前のところのあの小娘のことか!? なぜただの魔法使いと厄災の竜が……!」
「いや、ただの魔法使いって言われましても」
俺はため息をつき、応接室の大きな窓に歩み寄って、厚いカーテンを勢いよくシャーッと開け放った。
そこには、公爵邸の広大な裏庭の風景が広がっていた。
そして、その中央。
空を覆い隠すほどの巨大な漆黒の翼。周囲の空気を歪ませるほどの圧倒的な魔力と瘴気。
間違いなく、国を一つ滅ぼしかねない強大な『厄災の竜』がそこにいた。
「おお……! 我が手元の魔力に呼応し、すでに顕現しておったか!」
侯爵が歓喜の声を上げる。
だが、その黒死竜の態度は、破壊の化身と呼ぶにはあまりにも穏やかだった。
超弩級の威圧感を放ちながらも、目の前にいる『別の竜』と、まるで久しぶりに再会した親戚同士のように親しげに向き合っていたのだ。
黒死竜の視線の先――そこには、黒竜に勝るとも劣らない巨大さと、神々しい白銀の鱗を持つ『古龍』が、優雅に翼を畳んで座っていた。
『――いやあ、マジで助かったぜシルヴィア姉。数百年ぶりに自力で岩牢ぶち破って出てきたはいいけど、変な呪術で魔力回路縛られててさ。本来の力の半分も出せなくて参ってたんだわ』
『もう、昔からあなたはどこか抜けてるのよね、ファフニール。でも、無事でよかったわ。私も最近時の岩から「龍の核」を取り戻して、いつでもこの姿に戻れるようになったから、遠慮なく頼ってちょうだい』
『へえ! 姉貴が完全復活したなら、この森も安泰だな! おっ、そこの窓際にいるのが、昨日挨拶したリディルだな!』
脳内に直接響く念話。
恐るべき凶悪なオーラを放つ黒死竜は、白銀の古龍――本来の姿を取り戻したシルヴィアと、完全に親戚同士の和やかな近況報告会を開いていた。
「なっ………………っ!?」
侯爵の目玉が、限界まで見開かれる。
「ば、ばかな……!? ばかなばかなばかな!? なぜ、厄災の竜が……あんなに知性的に会話を!? しかも、あの白銀の竜はまさか、神話の時代の……!」
「ああ、シルヴィアなら最近『核』を取り戻して、いつでも古龍の姿に戻れるようになったんですよ。メチャクチャ強いから頼りになりますよ」
俺は淡々と説明した。
「で、昨日そのいとこのファフニールが自力で封印を破って彼女を訪ねてきましてね。見た目や二つ名は物 物騒ですけど、話してみるとすごくいい奴で。昨日の夜は一緒に酒を飲んで、森との共存をきちんと守ってくれるなら開拓の手伝いもしてくれるって意気トウゴウしたところだったんです」
ガラガラーッ!!
侯爵は腰を抜かし、無様にテーブルをひっくり返しながら尻餅をついた。
「そ、そんな馬鹿なことがあってたまるか! これを見ろ、我々はこの古代の契約書を……!」「ああ、それなんですが」
俺は手元の『黒い鱗』を指先で弾いた。
「ファフニール、変な呪具のせいで魔力回路を遠隔から縛られていて、本来の力が出せないって愚痴ってたんですよね。俺もシルヴィアも、どうやってその呪縛を解いてやろうか悩んでいたところだったんです」
俺は侯爵に満面の笑みを向けた。
「わざわざ『解決の鍵』をお届けいただき、ありがとうございます!」
パチンッ、と。羊皮紙に描かれた術式を書き換えた瞬間。
黒い鱗は砕け散り、裏庭にいた黒死竜の身体から、爆発的な魔力の奔流が天に向かって吹き上がった。
『オオオオオオオオォォォォォォッ!!』
本来の規格外の力を取り戻し、空間そのものを震わせるような咆哮を上げる黒死竜ファフニール。
その圧倒的な力と恐怖に、侯爵は絶望の表情で失禁した。
しかし、凶悪な黒竜は、窓辺にいる俺を見つけると、ふっと瘴気を和らげ、気さくな念話を飛ばしてきた。
『おお! リディル! 今、身体の厄介な縛りがスッポ抜けたぜ! あんたがやってくれたのか、マジで恩に着る! よし、昨日約束した通り、山の整地だろうが魔物の巣の掃討だろうが、サクッと終わらせてやるからな!』
『ふふっ、張り切っているわね。リディル、今日の夕食は彼のために少し多めにお肉を用意してあげてちょうだい』
「ああ、わかった。特上の肉を焼かせるよ」
俺が呑気に窓越しにやり取りをしている横で、バルバロス侯爵はついに口から泡を吹き、完全に白目を剥いて意識を手放した。
「あーあ、完全に気絶してしまいはりましたわ。侯爵閣下も、自分が持ってきた脅迫状が、まさかリディル様の『最強の助っ人』のデバフを解除するだけの親切アイテムやなんて、思いもよらんかったでしょうなぁ」
いつの間にか部屋に入ってきていたメリッサが、呆れたように扇子で口元を隠す。
資金源を絶たれ、最後の切り札だった暴力(厄災の竜)すらも、完全復活した古龍シルヴィアの前に脅威たり得ず、あろうことか俺の戦力強化にタダで献上してしまった貴族連合。
これでいよいよ、彼らは完全に手詰まりとなった。
「さて、メリッサ。侯爵が目覚めたら、ファフニールを不当に縛って力を制限していた『不法拘束と精神的苦痛の慰謝料』の請求書を、きっちり耳を揃えて払ってもらおうか」
「ふふっ、えげつないことですわ……お任せを。骨の髄までしゃぶり尽くしたりますわ」
独立国建国という俺の目標は、超強力な古龍のいとこという気さくで頼もしい仲間を手に入れ、一気に加速しようとしていた。
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