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悪役令息〜平穏を希う  作者: 虹の箸
希望が溢れる♡王立魔法学園へ

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血が流れない戦

「侯爵の資金源である『金の大樹商会』を潰す。……具体的には、彼らがほぼ独占している『魔力回復薬ポーション』の市場価格を意図的に暴落させますわ」

公爵邸の一室に設けられた作戦本部。メリッサはテーブルに分厚い資料を広げ、悪い笑みを浮かべた。

だが、その提案を聞いた俺は、思わず眉間にシワを寄せた。

「待ってくれ、メリッサ。彼らは確かに悪徳商人だが、ポーションの価格を急激に崩せば、市場全体がパニックになる。下請けの零細商人や、日雇いで薬草を採っている平民たちまで共倒れになるだろう、それは看過できない」

前世の知識があるからこそ、経済という魔物が一度暴走すれば、いかに無力な一般市民から牙を剥くかを知っている。俺が創りたいのは、誰もが飢えない国だ。その過程で無辜の民を犠牲にするのなら、本末転倒ではないか。

俺の逡巡を見透かしたように、メリッサは静かに目を伏せた。

「……お優しいことで…リディル様は。ですが、腐った肉を削ぎ落とすには、多少の出血ぎせいは避けられへん」

「それでもだ。俺たちは貴族連合と同じやり方はしない」

俺がはっきりと告げると、メリッサは一瞬だけ驚いたように目を丸くし――やがて、心底嬉しそうに極上の笑みを咲かせた。

「リディル。やはりあなたは私が仕えるに足る、王の器……ご安心を。下請けの職人や薬草摘みの平民たちは、暴落と同時に『私の商会』が適正価格で全て丸抱えするよってに。すでにそのための裏金……ゴホン、予算も調達済みですわ」

「お前……最初からそのつもりで俺を試したな?」

「ふふっ、保険をかけるのは商人の本能ですさかい。では、遠慮なく『狩り』を始めさせていただきますわ」

翌日から、メリッサの動きは神速にして冷酷だった。

まずはシルヴィアの魔法知識を借りて、既存のものより安価で高品質なポーションの代替品を開発。それを、エルザやセレスティアの人脈を通じて、中立派貴族の領地へ原価ギリギリで大量にばら撒いたのだ。

数日後。王都の一等地にある『金の大樹商会』の応接室。

分厚い絨毯の上で、商会長のガルドは顔面を蒼白にしていた。

「な、舐めるなよ小娘が! 我々の後ろ盾にはバルバロス侯爵閣下がいらっしゃるのだぞ! こんな価格破壊、閣下が法を使ってすぐに規制を……!」

「へえ、その侯爵閣下は現在、ご自身の派閥の貴族たちから『投資しゅうきんの配当が滞っている』と突き上げを食らって、火の車っちゆうことみたいやが?」

「なっ……!?」

メリッサは扇子で口元を隠し、ガルドの目の前に数枚の羊皮紙を突きつけた。

「それに、貴方が他国の商人から借り入れていた莫大な借用書。あれ、すべてわてが買い取らせていただきました。……さて、期日は明日ですが、耳を揃えて返済してもらいまっせ?うしじまぁ!!」

「あ……ぁ……ん?うしじま?」

「ゲフン、選択肢は二つですわ、ガルド会長。このまま自己破産して侯爵からトカゲの尻尾切りにされるか。……あてどもの傘下に入り、これまで平民から搾取した利益をすべて吐き出して『真っ当な商売』を一からはじめなおすか」

ガルドが膝から崩れ落ちたのと同時期。

アレンが裏路地をパトロールし、商会に嫌がらせをしようとした貴族お抱えのゴロツキどもを物理的に「お掃除」して回っていたことで、メリッサの経済包囲網は完璧なものとなっていた。

誰もが自分の持てる力を最大限に発揮し、少しずつ、だが確実に、貴族連合の足元を崩していく。

最初は無謀に思えた「独立国の建国」という途方もない計画に、確かな現実味と希望の光が差し込み始めていた。

だが、王国屈指の狡猾なタヌキ親父が、黙って首を絞められるのを待つはずがなかった。

数週間後。

再び公爵邸の応接室に、バルバロス侯爵が姿を現した。

前回のような余裕は消え失せ、その顔には深いシワと隠しきれない焦燥感が刻まれている。しかし、目は獲物を狙う毒蛇のように、ギラギラと濁った光を放っていた。

「……やられましたな、リディル殿。まさか、商会を使ったあのような搦め手でくるとは。若君の才覚、見誤っておりましたぞ」

ソファに腰を下ろすなり、侯爵は忌々しげに吐き捨てた。

「何のお話か分かりかねます。俺はただ、魔の森の開拓に向けて準備を進めているだけです」

俺がしらばっくれると、侯爵はわざとらしく大きな溜息をついた。

「建前はもう結構。我が貴族連合も、これ以上の痛手は避けたい。……そこで本日は、リディル殿に『最後のご提案』を持参いたしました」

侯爵は懐から、禍々しい黒い紋章が刻まれた一通の封書を取り出し、テーブルの上に滑らせた。

「前回は資金援助と申しましたが、条件を変えましょう。リディル殿……あなたに、これを差し上げます。これを見れば、我々と争うことがいかに無意味か、お分かりいただけるはずだ」

不気味な静寂が応接室を包み込む。

俺は警戒しながら、その黒い封書に手を伸ばした――。


お読みいただきありがとうございました。

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