イエス!モブライフ
「キ、キマイラだと……!? しかも、それを君たちだけで討伐したと言うのか!?」
学園に戻った俺たちを待っていたのは、当然ながら阿鼻叫喚の騒ぎだった。
魔の森の浅層で、およそ出るはずのない災害級の魔物・キマイラとの遭遇。そして、その討伐の証である巨大な魔石と黒焦げの角(メリッサが灰の中からちゃっかり回収していた)。
報告を受けた引率の教師たちは泡を吹き、事態は瞬く間に学園の上層部、ひいては王宮へと報告された。
翌日。俺は学園長室のふかふかなソファに座らされていた。
対面には冷や汗を滝のように流す学園長と、王宮から急遽派遣された騎士団の調査官。俺の両脇にはアレンとメリッサが陣取っている。
「……ええキマイラかなあとは思うんですが、ハッキリとは…それに、もし本物のキマイラだったとしてもほら、きっと寝起きとかで本調子じゃなかったんですよ。俺の初歩的な魔法が、運良く急所に当たっただけで」
「初歩的な魔法(森の木々ごと空間を焼き尽くす漆黒の業火)」
「運良く(回避不可能な速度と範囲で一撃必殺)」
俺の必死の言い訳を、隣の二人がボソボソと訂正してくる。おい、やめろ。俺の目指す平和なモブライフ計画が崩れるだろうが。
「謙遜なさるな、リディル殿! アレン君とメリッサ嬢からの報告書には、『公爵家嫡男たる圧倒的な魔力で、災害級の魔物を一蹴した』と記されております!」
調査官が興奮気味に身を乗り出してくる。
「現在、国の上層部は大荒れです。第一に、未来ある学生たちをあのような危険な魔物が潜む森へ実戦訓練に出した学園側の責任問題! これについては王家より厳しく追及されることになるでしょう」
その言葉に、学園長がビクッと肩を震わせた。俺としては、ゲームの強制イベントだったんだから学園側を責めるのは酷だと思うのだが。
「そして第二に! 見事キマイラを討ち取ったリディル殿に対する褒賞です! 国の危機を未然に防いだも同然の偉業、王家より相応の報奨金と名誉が与えられるべきかと!」
「いや、俺は別に褒賞なんて……」
目立つのはごめんだ。辞退しようとした俺の言葉を遮るように、バンッ! とメリッサがテーブルを叩いて立ち上がった。
「当然ですわ! リディル様ほどの御方が命を懸けたのですから! 報奨金はもちろんのこと、王都の第一区画における一部の商業特権、並びに関税の免除! それくらいは頂かないと、公爵家の顔に泥を塗ることになりますわよ!」
「め、メリッサ嬢……? なぜ君が交渉を?」
「私はリディル様の専属財務顧問(自称)ですから! あ、交渉窓口はアルバーン子爵家を通してくださいね。手数料は格安にしておきますから!」
いつの間にか俺の財務顧問に就任していたらしい守銭奴ヒロインが、王宮の調査官を相手にゴリゴリと条件を詰め始めている。なんだこのたくましい令嬢は。
「コホン。さらに問題なのは、第三の議題です」
調査官が空気を強引に戻し、顔を険しくして声を潜めた。
「古の時代に封印されていたはずのキマイラが、何故目覚め、浅層に現れたのか。……現場を調査した王宮魔術師からの報告によれば、封印の結界が『外部から何者かによって意図的に破壊された』痕跡があったとのことです」
その言葉に、室内は水を打ったように静まり返った。
俺は内心で頭を抱える。
(外部から意図的に破壊……って、それ、原作ゲームの『邪神教団』の暗躍イベントか!)
本来なら、この事件でアレンが覚醒し、ヒロイン(この場合メリッサ)絆を深めるイベントそれが、なぜこんな展開を見せているのか。
俺が色々フラグをへし折ったり、シルヴィアたちとつるんだりしているせいで、世界線の狂いがバタフライエフェクト的に波及しているのだろうか。
「現在、騎士団と魔術師団が総力を挙げて事態の究明に当たっています。リディル殿、貴方には今後も協力を仰ぐことになるかもしれません」
「……はい」
俺が引きつった笑みを浮かべた、その時だった。
「リディル様ぁぁぁぁっ!!」
ドガンッ!! と学園長室の重厚な扉が吹き飛び(物理的に)、見慣れた三人の少女が雪崩れ込んできた。
具合が悪いと別班を休んでいたはずのシルヴィア、エルザ、セレスティアである。
「リディル! キマイラと戦ったって本当!? 怪我はないの!? どこか痛むところは!?」
数百年の時を生きる古龍の化身・シルヴィアが、俺の身体をペタペタと触りながら涙目で訴えてくる。
「抜け駆けですわ! 私というものがありながら、よその小娘と危険な目にあうなんて!」
「リディル様の危機に立ち会えなかったなんて……私、メイドとして一生の不覚です……っ!」
エルザとセレスティアも、隣にいるメリッサをギロリと睨みつけながら詰め寄ってきた。
「ちょっと、何よあなたたち! リディルは私が目をつけた『最優良投資物件』よ! 邪魔しないでちょうだい!」
「投資物件!? リディル様を物扱いするなんて許しませんわ!」
「リディル様をお守りする盾はこの私だけで十分です!」
「あはは! リディル様に相応しい剣はこの俺ですけどね! あ、俺は平民のアレンです!」
ヒロインたち(+主人公)による、俺を巡る謎の争いが学園長室で勃発する。
学園長と調査官は、あまりのカオスな状況に完全にポカンと口を開けていた。
学園と国を揺るがす責任問題、勝手に膨れ上がる名声、そして背後で蠢く巨大な闇の影。
俺の望む『平穏で固い絆で結ばれた仲間作り』はどこへやら。どうやら俺は、この世界を揺るがす大きな事件の渦の中心に、否応なく巻き込まれていく運命にあるらしい。
「……誰か、軌道修正してくれ……」
誰にも聞こえない俺の悲鳴は、騒がしい仲間たちの声に虚しくかき消されていったのだった。
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