最初が肝心
実技試験のあの大惨事……もとい、極小の事故から数日後。
俺たちは王立魔法学園の壮麗な大講堂に集められ、入学式の時を迎えていた。
「……ふむ、学園の制服も悪くないな。動きやすい」
「ええ、若様。とてもよくお似合いです。襟元の乱れをお直しいたしましょう」
隣の席では、姉(役)のシルヴィアが自分の制服の袖をマイペースに引っ張って確認しており、その横では専属メイドのエルザが、学園の生徒であるにもかかわらず完璧なメイドの所作で俺の世話を焼いていた。二人とも当然のようにトップクラスの成績で合格しているが、エルザに至っては「学園内であってもメイドとしての矜持は崩しません」と宣言し、制服の下に密かにメイド服を仕込んでいる(暑くないのか?)徹底ぶりだった。
式が始まり、壇上では白髭を蓄えた校長が、どこで聞いても同じような退屈な祝辞を延々と述べている。俺は欠伸を噛み殺しながら、自分の出番を待った。
「――それでは、新入生代表挨拶。首席合格者、リディル・フォン・ルシフェリア」
名前を呼ばれ、俺はゆっくりと立ち上がった。
数千人の新入生と教師陣の視線が、一斉に俺に突き刺さる。先日の実技試験での『一撃粉砕事件』のせいか、その視線には明確な畏怖と緊張が混じっていた。
(平穏に、あくまで優等生らしく、だ……)
俺は壇上に登ると、姿勢を正し、用意してきた無難なスピーチを話し始めた。
魔法の探求、貴族としての義務、学友との絆。数百年の時を生きる悪魔の家庭教師・グレンから叩き込まれた帝王学に比べれば、息を吐くように出てくる言葉の羅列だ。だが、過酷な修行で培われた無駄のない所作と、親の身分の圧が知らず知らずのうちに漏れ出て、ただの定型文に謎の説得力と威厳を与えてしまっていた。
『――我々新入生一同は、この学園で己の魂を磨き、王国の未来を照らす光となることを誓います』
朗々と締めくくると、講堂内は水を打ったような静寂に包まれ、直後に割れんばかりの拍手が巻き起こった。
最前列ではシルヴィアが「さすが我が弟!」とばかりに胸を張り、エルザはなぜか感動の涙を拭っている。そして少し離れた平民の席では――燃えるような赤い髪をした少年、本来のこの世界の主人公である『アレン』が、食い入るように俺を見つめ、目をキラキラと輝かせていた。
(よし、これで少しはマトモな優等生に見えるはず)
胸を撫で下ろしながら壇上を降りようとした俺の耳に、次なる進行のアナウンスが届く。
「続きまして、生徒会総代挨拶。セレスティア・フォン・グランヴェル」
その名前に、俺の胃がキュッと痛みを訴えた。
壇上に上がってきたのは、俺の婚約者であるセレスティアだった。銀色の長い髪に、透き通るような白い肌。人形のように可憐な彼女は、優雅なカーテシーを披露し、鈴の転がるような美しい声で挨拶を始めた。
最初は良かった。学園への感謝と学べることへの誇り、学ぶことへの意欲、。完璧な公爵令嬢としての振る舞いに、誰もがうっとりと聞き入っていた。
――あの言葉を口にするまでは。
「……最後に、皆様に一つだけ、重要なお知らせと忠告がございます」
セレスティアはふわりと微笑み、その双眸に昏い光を宿して講堂の生徒たちを見回した。
「先ほど素晴らしい挨拶をされた首席のリディル様は、私の婚約者にして、私のすべてです。彼に馴れ馴れしく近づく者、ましてや色目を使うような羽虫がいれば……どうなるか、皆様の聡明な頭脳ならご理解いただけますわね?」
ゴゴゴゴゴ……と、彼女の背後に冷たい魔力のオーラが具現化した気がした。
講堂内の空気が一瞬にして凍りつき、新入生たちの顔から血の気が引いていく。
誰もが息を呑み、静まり返る中、彼女は最後に俺の方を向いて頬を赤らめ、両手で顔を覆った。
「ああ、リディル様……一年間もどちらへいらしていたのですか?私寂しくて死んでしまうかと思いましたわ。今日という日を一日千秋でお待ち申し上げておりましたの。そして…言うまでもないことですけれど…今日も素敵ですわ……ふふっ」
「「「…………」」」
ドン引きである。完全にドン引きである。
俺は頭を抱えた。俺の平穏な学園生活のプランが、また一つ音を立てて崩れ去っていくのを感じた。
***
「はぁ……胃が痛い……」
波乱の入学式が終わり、俺は重い足取りで学生寮へと向かっていた。
両隣には相変わらずマイペースなシルヴィアと、斜め後ろを影のように付き従うエルザがいる。
「何を落ち込んでいるんだ弟よ。愛されていて結構なことじゃないか」
「シルヴィア姉上(役)は気楽でいいですね……。俺はただ、目立たず平穏に友達を作りたいだけなのに」
「お言葉ですが若様、若様に相応しいご友人は、そう簡単に見つかるものではございません。雑魚が寄り付かなくなったと考えれば、セレスティア様のご発言も一理あるかと」
「エルザまでそんなこと言うなよ……」
俺が肩を落としていると、背後から弾むような足音が近づいてきた。
「あのっ! リディルさん!」
振り返ると、そこには息を切らした赤い髪の少年――アレンが立っていた。
平民特待生の証である腕章をつけた彼は、少し緊張した面持ちで俺の前に立つ。
(キターーー!! 本物の主人公!! 破滅フラグ回避の最重要人物!!)
俺の内心のテンションが跳ね上がる中、アレンはまっすぐな瞳で俺を見た。
「あの、実技試験の時の魔法……凄かったです! 指先一つで特級魔法を弾き飛ばすなんて、信じられなくて! それに、さっきの入学式のスピーチも、すごく立派で感動しました!」
「あ、ああ。ありがとう。」
「俺、アレンって言います! 平民出身で、魔法のこともまだ全然わからないことばっかりなんですけど……その、もしよかったら、俺と友達になってくれませんか!?」
アレンは勢いよく頭を下げた。
主人公からの直接の友達申請。悪役令息の俺からすれば、これ以上ない生存ルートの確保である。俺は顔がにやけそうになるのを必死に抑え、優雅に微笑んだ。
「もちろんさ!アレン。身分など学園では関係ない。共に切磋琢磨しよう」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
パァッと花が咲いたように笑うアレン。これで俺の学園生活も光が見えてきたぞ。
そう確信して満足げに頷いた俺だったが――背後から、ひどく冷ややかな空気が漂っていることに気づいた。
「ふぅん……? 面白い平民がいるものだね」
「若様に気安く声をかけるなど……万が一にも若様のお体に傷をつけるようなことがあれば、塵も残さず消し去りますよ」
シルヴィアは目を細めてアレンを値踏みするように見つめ、エルザに至ってはメイド服の袖口からチラリと暗器(なぜそんなものを持ち込んでいる?)を覗かせながら、氷のような視線を射抜いていた。
「えっと……? なんだか、すごく睨まれてる気が……」
「気のせいだ気のせい! ははは!」
引きつるアレンを庇うように、俺は冷や汗をかきながら笑って誤魔化した。
平穏な学園生活……そして仲間づくり。
俺の望む未来は、どうやらまだまだ遠いらしい。
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