ほんの少しの力
筆記試験? 数百年の間、悪魔の家庭教師グレンから座学を叩き込まれ続けた俺にとって、あんなものは子供のパズルゲーム以下だった。間違いなくトップだろう。
問題は、目の前で行われようとしている実技試験だ。
「さぁ、始めようか裏切り者! 俺の特級炎魔法で、黒焦げにしてやる!」
向かい合う貴族令息は、すでに杖を構え、過剰なほどの魔力を練り上げている。
俺は腰の剣に手をかけながら、ひたすらに思考を巡らせていた。
(いかん。ここでグレンやシルヴィア相手の感覚で動いたら、こいつは消し飛ぶ。学園生活は平穏に、悪目立ちせずに仲間を増やしたいんだ。ただでさえ悪い評判をこれ以上落とすわけにはいかない。極限まで……そう、極限まで手加減しなければ)
「死ねぇっ! 『豪炎の爆弾』!!」
令息の杖の先から、轟音と共に巨大な火球が放たれた。
受験生たちから「おおっ!」と驚きの声が上がる。確かに、この年齢にしてはそれなりの威力と速度だ。普通の学生なら黒焦げだろう。
――だが、数千度の黒炎や、空間を削り取る古竜の爪牙を何万回と躱してきた俺の目には、それが止まっているようにしか見えなかった。
「……そよ風かな?」
俺は剣を抜くことすらせず、向かってくる火球に向けて、ただスッと右手を伸ばした。
そして、親指と中指を弾く。そう、ただのデコピンの要領だ。
指先にほんの僅か、本当に米粒ほどの魔力を込めて弾き飛ばした。
パンッ!!!!
破裂音が響いた直後、凄まじい暴風が闘技場を駆け抜けた。
令息の放った『豪炎の爆弾』は、俺の指先から放たれた風圧だけで完全に霧散し、かき消された。
「……は?」
令息が間の抜けた声を漏らす。
しかし、俺の放った風圧は火球を消し飛ばしただけでは止まらなかった。
「あっ」と思った時には遅かった。見えない巨大なハンマーで殴られたかのように、令息の身体が宙を舞い、闘技場の壁まで一直線に吹き飛ばされたのだ。
ドゴォォォォンッ!!
「げぶっ……!?」
令息は壁にめり込み、白目を剥いてそのままズルズルと崩れ落ちた。完全な気絶。一撃……いや、一デコピンの決着だった。
「「「…………」」」
闘技場が、水を打ったような静寂に包まれる。
試験官の教師でさえ、口を開けたまま固まっていた。
(やっちまった……)
俺が冷や汗を流していると、観客席から金髪の「シルヴィア」と、完璧なメイドの声が響いた。
「おい弟よ! 手加減が下手くそすぎやしないか! 」
「さすがは若様。見事な指弾でございました。おしぼりをお持ちしました」
その声でハッと我に返った教師が、震える声で告げる。
「……し、勝者! リディル・フォン・ルシファリア!!」
こうして俺は、筆記トップ、実技は圧倒的(本人的には極小の手加減)という成績で無事に合格を果たした。
平民の少年(本当の主人公)からは畏敬の念を込めたキラキラとした眼差しを向けられ、他の貴族令息たちからは恐慌の目を向けられることになった。
「平穏な学園生活……無理かもしれない」
青空の下、俺の呟きは誰にも届くことなく、風に溶けていった。
破滅の運命をぶっ壊す戦いは、どうやら予想とは少し違う方向で幕を開けたらしい。
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