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悪役令息〜平穏を希う  作者: 虹の箸
悪役令息(中身は小心者)爆誕

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16/39

激突、そして…

初撃。俺の神速の踏み込みに対し、グレンは瞬き一つせず漆黒の杖を振るった。

無詠唱。ただそれだけで、俺の眼前に数千度に達するであろう黒炎の壁が屹立する。

「甘いですよ、リディル!」

「甘いのはどっちだ、グレン!」

俺は減速することなく、極限まで圧縮した魔力を纏う剣で黒炎ごと空間を横薙ぎに引き裂いた。

炎のカーテンが割れ、グレンの姿が露わになる。しかし、悪魔の家庭教師はすでに次の手を打っていた。彼の周囲には、空間そのものを歪めるほどの重力球が数十個も浮かび上がっている。

「ほう。シルヴィア殿との『じゃれ合い』で、随分と野蛮な戦い方を身につけましたね」

「あんたが教えた基礎の上に、数百年分の実戦を乗っけただけだ!」

ドゴォォォォォンッ!!

重力球が四方八方から俺を押し潰そうと襲い掛かる。俺は剣に纏わせた魔力を爆発させ、その反動を利用して空中で無理やり軌道を変えた。

一つ、二つ、三つ。重力の渦をすり抜け、あるいは強引に斬り捨てながら、グレンとの距離を詰める。

「良い動きだ! だが、我が番よ。あの悪魔、まだ底を見せておらぬぞ!」

結界の外から、シルヴィアの楽しそうな声が響く。

言われなくても分かっている。グレンの瞳に宿る冷酷な光は、一切揺らいでいないのだから。

「さあ、見せてください。あなたが『破滅の運命』を打ち砕く、その真の力を!」

グレンが漆黒の杖を天に掲げた。

その瞬間、修練場の空が黒く塗り潰された。頭上に出現したのは、全てを呑み込む巨大な魔力のブラックホール。俺の本能が、古竜との数百年で培った危機察知能力が、「あれは絶対に触れてはいけない」と警鐘を鳴らす。

深淵の凶星《アビス・ノヴァ》……さあ、避けても死にますよ?」

圧倒的な質量を持った絶望が、音もなく落下してくる。

避ける場所などない。防御魔術を張ったところで、紙屑のように消し飛ばされるだけだ。

「……ハッ、上等だ!!」

俺は逃げ道を捨てるように、剣を両手で構え、全身の魔力を一点に集束させた。

肉体の限界を超える魔力操作。血管が悲鳴を上げ、皮膚から血が滲む。だが、シルヴィアとの殺し合い《くんれん》の中で、俺はこの痛みの先にある『領域』を知っている。

「すべてを斬り裂け――!!」

俺は落下してくる凶星に向かって、大地を蹴り上げた。

剣に宿るのは、青銀の古竜から学んだ『絶対的な破壊』の概念。

「『極光・絶界衝』ッ!!」

俺の剣閃と、グレンの凶星が正面から激突した。

結界内に、音の無い閃光が走る。次いで、世界が反転したかのような凄まじい衝撃波が吹き荒れた。

俺の剣が、圧倒的な重力と魔力の奔流に削られていく。腕の骨が軋み、筋肉が千切れそうになる。意識が飛びそうになるのを、奥歯を噛み砕くほどの気合いで繋ぎ止める。

(負けねぇ……! ここで立ち止まるわけには、いかないんだよ……っ!)

「おおおおおおおおッ!!」

血を吐くような咆哮と共に、俺は最後の一歩を踏み込んだ。

圧縮された魔力が限界を突破し、凶星の中心を貫く。パキリ、と。絶対の魔法に亀裂が入る音がした。

「……見事」

グレンの微かな呟きが聞こえた瞬間、凶星が完全に崩壊した。

俺はその余波に乗って突進し、残された全力を振り絞って剣を振り下ろす。

ガァンッ!! という甲高い音と共に、グレンの漆黒の杖が真っ二つにへし折れた。

俺の刃は、グレンの首筋に触れるミリ手前で、ピタリと止まっていた。

「……はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

「…………」

静寂が降りた修練場に、俺の荒い息遣いだけが響く。

俺の全身はボロボロで、立っているのがやっとの状態だった。剣を持つ手は小刻みに震え、魔力は文字通りスッカラカンだ。もしグレンにもう一撃防がれていたら、倒れていたのは間違いなく俺の方だった。ギリギリの、薄氷を踏むような勝利。

グレンは首筋に突きつけられた剣を静かに見下ろし、それからゆっくりと顔を上げた。

その瞳から冷酷な光は消え去り、いつもの――いや、今まで見たこともないほど、穏やかで誇らしげな笑みを浮かべていた。

「まさか私の愛杖をへし折るとは……とんでもない教え子に育ってくれたものです」

グレンは両手を軽く上げ、降参の意を示した。

そして、彼が指を鳴らすと、周囲を覆っていた強力な結界がパリンと音を立てて霧散する。

「……俺の、勝ちで……いいんだな? 師匠」

「ええ。文句のつけようのない、あなたの勝利です」

俺が安堵と共に剣を下ろしてその場にへたり込むと、すかさずエルザが音もなく寄り添い、冷えたタオルと回復ポーションを差し出してきた。

「お疲れ様でございました、若様。グレン様も、ご立派な悪役ぶりで」

「一言余計ですよ、エルザ」

苦笑するグレンの隣に、腕を組んだシルヴィアが歩み寄ってくる。

「ふん。我が鍛え上げたのだ、あの程度の魔法を斬れなくてどうする。だが……まぁ、悪くない一撃だったぞ、リディル」

黄金の瞳を細めて笑う彼女の顔を見て、俺はやっと本当に日常(?)に帰ってきたのだと実感した。

グレンは折れた杖を拾い上げ、俺の前に跪いて真っ直ぐに目を見た。

「リディル様。私があなたに教えることは、もう何一つありません」

「グレン……」

「知識も、技術も、そしてどんな絶望を前にしても折れないその心も。あなたは今、私という壁を越えました」

グレンは立ち上がり、王立魔法学園があるであろう王都の方角へと視線を向けた。

「さあ、行ってきなさい。あなたの前に立ち塞がるモノなど、今のあなたなら打ち砕けるはずです」

「ああ……やってみせる」

俺はポーションを飲み干し、ふらつく足に力を込めて立ち上がる。

数百年分の想いと、最強の悪魔からの太鼓判。これ以上ないほどの武器を引っ提げて、俺の新たな戦いが始まるのだ。

「行ってくる。俺の運命を、ぶっ壊しにな」

俺の言葉に、グレンは深く、恭しく一礼をした。

シルヴィアが楽しげに隣に並び、エルザが完璧な姿勢でトランクを用意する。

かくして、規格外の力を身につけた侯爵家の子息は、来るべき運命を粉砕するため、王立魔法学園へと足を踏み出すのだった。


お読みいただきありがとうございました。

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