死を師を、超える
轟音と共に岩屋の壁が吹き飛び、莫大な魔力の余波が空間を激しく揺らした。
「はははっ! どうしたリディル、その程度か! 我の鱗を穿つには、まだ踏み込みが浅いぞ!」
「言うね……っ! なら、これはどうだ!」
青銀のチャイナドレスを翻し、神速の蹴りを放つシルヴィア。俺はそれを紙一重で躱し、極限まで圧縮した魔力を纏わせた剣を彼女の死角から叩き込む。
互いの力が衝突し、再び規格外の爆発が起きた、その時だった。
「ひぃっ……! わ、若様ぁっ……!」
入り口の結界付近から、情けない悲鳴が響いた。
見れば、父上の使いである屋敷の文官が、すっかり腰を抜かして震えている。
「……すまない、シルヴィア。一旦ストップだ。どうした、そんな顔をして」
剣を収めて歩み寄ると、文官は涙目で俺を見上げた。
「が、学園の……王立魔法学園の入学試験日が、間近に迫っております……っ。旦那様が、至急戻るようにと……!」
「あぁ、もうそんな時期か」
外界での一年。しかし、ここ『時の岩屋』で俺たちが過ごした時間は、実に数百年に及んでいた。
正直に言えば、俺はこのままシルヴィアとの果てしなき死闘――もとい、極上の組み手をずっと続けていたいとさえ思い始めていた。
不老不死の古竜を相手に、文字通り命を削り、再生させ、限界を超え続ける日々。あまりにも過酷で、狂気に満ちていて――そして、最高に充実した日々だった。彼女の黄金の瞳が放つ好戦的な光、完璧な戦闘活動を見られなくなるのは、残念極まりない。
だが、目的を履き違えてはいけない。俺はただの戦闘狂になりたいわけではないのだ。
『破滅の運命』をぶっ壊す。そのための、数百年だった。
「シルヴィアもう一度きく」
「どこまででもついて行こう、我が番よ」
「早いよ、そんな軽い感じでいいの?本当に?」
シルヴィアは当然と言わんばかりに、俺の隣に並び立つ。
「若様、お汗拭きのタオルとお着替えの準備ができております」
そこへ、シワ一つない完璧なメイド服に身を包んだエルザが、恭しく現れた。
「……なぁエルザ。前々から気になってたんだが、なんでお前、俺たちと一緒に何百年もここで過ごして、一ミリも老けてないんだ?」
「当公爵家のメイドとして、時の流れごときに後れを取るわけにはまいりませんゆえ」
いや、そういう問題じゃないだろ。絶対に人間やめてるだろ、このメイド。
だが、彼女がいてくれたおかげで数百年間の衣食住が完璧に保たれ、俺の胃袋が救われていたのは事実だ。俺はそっとツッコミを飲み込み、「……ありがとう」とだけ返して岩屋を後にした。
数百年ぶりに踏み締める外界の土は、ひどく柔らかく感じた。久しぶりの陽光を感じながら、実家に向かう。「あれ?グレンは?」エルザに問う。「先に伯爵家の修練場で待つと先程」「ふーん、そういうところだよね、あの人」
そして、実家の屋敷の修練場に降り立った俺たちを待っていたのは、悪魔の家庭教師、グレンだ。
いつもなら「いやはや」とニヤニヤ笑いながら軽口を叩くはずの彼が、今日は静かに佇んでいた。その手には、普段は決して持ち歩かない見慣れない漆黒の杖が握られている。
「……グレン?」
俺が声をかけると、グレンはゆっくりと顔を上げ、かつてないほど真面目な、そして冷酷な光を瞳に宿して俺を見た。
「若。……随分と、『仕上がりました』ね」
言葉とは裏腹に、彼の全身から立ち上る桁外れの魔力が周囲の空気を軋ませる。シルヴィアが「ほう」と感心したように目を細め、エルザがスッと音もなく後退した。
「学園へ入学される前に、最後の確認をしておきましょう。私の教育と、古竜殿との数百年の死闘。それがどれほどのモノに昇華されたのかを」
グレンは杖の石突きで、コンッ、と地面を叩いた。
それだけで、俺とグレンを囲うように、修練場の空間が外界から完全に隔離される。
「これまでのような『お稽古』ではありません。私を、あなたに立ちはだかる『破滅の運命』そのものだと思って……本気で殺しにきてください」
「……いいぜ、当たり前だがお前は俺を殺すつもりで、いや、殺してくれ」
グレンは「へー、いいんですかね」といつもの調子を取り戻す。ように…
しかし、何かがちがう。
俺は再び腰の剣を抜き放ち、グレンと対峙する。
数百年の修行を経て、俺の感覚は極限まで研ぎ澄まされていた。今のグレンが放つプレッシャーが、かつて感じていたものとは次元が違うことなど、肌が焼けるように理解できる。
だが、恐れは一切ない。俺の口元には、自然と獰猛な笑みが浮かんでいた。
「その余裕たっぷりの態度、完膚なきまでに叩き壊してやるよ、師匠!グレンよ!」
「ええ、期待していますよ――我が最高の教え子!リディルよ!」
俺の踏み込みと同時に、グレンの魔術が展開される。
剣閃と魔力が激突し、外界の空気を吹き飛ばすほどの嵐が巻き起こった。
学園入学前の最後の儀式。最強の悪魔と、その教え子による、規格外の師弟バトルが今、幕を開けた。
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