絶望の刻
交渉決裂。それを理解した瞬間、激闘の幕が切って落とされた。
「ッ……速い!?」
巨体に似合わぬ神速の爪撃。いや、違う。奴は自身の周囲の『時間』を加速させているのだ。
俺は必死に身体強化の魔法を全開にし、泥にまみれた道着をはためかせて攻撃を回避する。だが、かすっただけで岩盤が消し飛ぶような威力の前に、防戦一方だった。
「グハッ……!」
時空間の歪みを利用した見えない尻尾のなぎ払いが、俺の脇腹に直撃する。あばらが数本折れる嫌な感触と共に、俺の体は冷たい岩壁へと深々と叩きつけられた。
視界が血で赤く染まる。意識が遠のきかける中、部屋の隅で傍観を決め込むグレンの姿が見えた。本当に、指一本動かす気がないらしい。
『脆いものだ。貴様の覚悟はその程度か』
番竜が大きく顎を開く。その口の奥で、青白い光――全てを空間ごと消し去る極大のブレスが収束し始めていた。
(ここで、終わりか……?)
エルザの涙顔が脳裏をよぎる。スカーレットの不敵な笑み、そして学園で待ち受ける理不尽なイベントの数々。
冗談じゃない。あんな理不尽な運命に殺されてたまるか。時間がないなら、作る。力が足りないなら、今ここで引きずり出す!!
「……ふざ、けるなっ!」
折れた足で無理やり立ち上がる。全身の魔力を限界まで練り上げ、日々の鍛錬で叩き込まれた重力魔法を、自らの剣に極限まで圧縮し、定着させる。
――その時だった。
カチン、と。俺の中の何かが、確かに外れる音がした。
生存本能と魔力圧縮が規定値を超過した感覚。すると、無機質な声で『固有スキル:『事象干渉』が覚醒しました 》
と脳内に響いた。死すら生ぬるい修行を繰り返しても起きなかった固有スキルの発生が、真の死線を迎える事によって開花した。
俺の剣を覆っていた黒い重力場が、時空すら歪めるような漆黒の刃へと変貌する。
番竜の放った極大のブレスが、俺を飲み込もうと迫り来る。
「これで……終わりだァァァッ!!」
俺は新スキル『事象干渉』の力を乗せた一撃を、真正面から振り下ろした。
漆黒の斬撃は番竜のブレスを真っ二つに引き裂き、そのまま空間の歪みごと、古竜の巨体へと吸い込まれていった。
「……ッ!!」
断末魔の叫びすら、音にならなかった。
漆黒の斬撃を受けた番竜の巨体はピタリと動きを止め、直後に内側から溢れ出すような眩い光に包まれた。
空間全体が白く染まる。
やがて、その光がサラサラと光の粒子となって崩れ落ちていく。俺は限界を迎えた体を剣を杖にして支えながら、荒い息を吐き、その光景を見つめていた。
「はぁ……はぁ……、勝っ、た……?」
光が完全に収まった後。
巨大なクリスタルの祭壇の上には、岩屋を制御するために必要な、あの巨大な竜の姿に似つかわしくないほど小さな『黒々とした核』が一つ転がっていた。
そして――もう一つ。
「……は?」
俺は自分の目を疑った。
黒い核のすぐ横。先程まで巨大な竜が鎮座していたその場所に、長い青銀の髪を床に散らした、透き通るような肌の美しい女性が倒れていたのだ。
しかも、一糸纏わぬ全裸の状態で。
「若。お見事でした。しかし……」
いつの間にか背後に立っていたグレンが、その光景を見て面白そうに目を細める。
「時間の他に、随分とまた厄介なものを手に入れてしまいましたな」
破滅フラグを折るための特訓の地で、俺は新たな、そして致命的なフラグの気配を感じて天を仰いだ。
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